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Re: デッサンへの危惧(7)

 投稿者:Jさん(塾長転記)  投稿日:2010年 5月 4日(火)05時19分37秒
返信・引用
  > No.590[元記事へ]

私は、自分がいいと思った絵に、どうやったら自分の絵が近づくかという視点で、目の前の対象と比較している部分が強い気がします。
その時間内で形になるように、型に押し込んでいる感じもあります。

どこまで意識を自由にできるかわかりませんが、
見て、見たものを描けるところまで描く意識でやってみようと思います。

>自分の掌や五指を押し返してくる流れの韻律
をやろうとして
>掌をモデルの胸にペタン
になってました。
 
 

Re: デッサンへの危惧(6)

 投稿者:塾長  投稿日:2010年 4月29日(木)01時03分22秒
返信・引用
  > No.589[元記事へ]

厳密に言えばピカソが内なる貯えの方を全く見ていないかと言うと、そうではなく。
彼もまた某かの内なる貯えにも経由しつつ描いています。
しかし、その貯えの何の貯えかというと、
大人漫画のパターンや、他所から来た「書き方のパターン」ではありません。
貯えはじめは、
やはり今描くデッサンと同じ、「それを描く」「目的を描く」であって、
「デッサンと言うものを仕上げる」でもなく「描き方を描く」でもなく「イラストを描く」ではありません。
「それ」を描くのです。
そうしてそのデッサンは描き終えたとき身になっています。
その蓄積を経由して描く事はそのまま「それを更に複眼で見て」描く事に寄与していて、
あくまで「それ」を描いている
....と言う事が言えないでしょうか?
その違いがあると私は思います。

だから何時かも言ったように、絵を描く人は一度は、
どんなに便りになるテンプレートの要塞を築いて来ていても、
それのすべてを放下す時期が必要なのだと思います。
財布を一遍逆さに振って空にして、貯えのし直し、
借り物でない自分純度100%の貯えをやり直す時期が必要と思うのです。
 

Re: デッサンへの危惧(5)

 投稿者:塾長  投稿日:2010年 4月29日(木)01時02分26秒
返信・引用
  > No.588[元記事へ]

キツイ事、勝手なこと言ってるなと思いながらでもいいので、
もう少しお付き合い下さい。
デッサンの対象の裸婦なら裸婦が、この人まだ十分に視得て居ないなという人は、
本当に目の前の裸婦が観えて居ないのでしょうか?
見る分量が少ないのでしょうか?
彼のデッサンをよく見てみると、実は彼も同じだけ「見て」描いているのだということが分ります。
ただ、そのデッサンと上記のピカソのそれと、何処が違うかというと、
彼は、半分以上は、自分の中にためたテンプレートを見ているのです。
デッサンの時ですら、それに頼るまいと思いつつも、
やはりそれまで貯えてきた漫画のパターンや、手の書き方、顔の書き方、
と言った「内なる貯え」を見て描いてるのです。

目の前の対象に半分、
見てないつもりの内なる貯えに半分、
その「見た」総量はピカソもその人も同量なのではないかと
客観的には(私の目には)見えます。
 

Re: デッサンへの危惧(4)

 投稿者:塾長  投稿日:2010年 4月29日(木)01時01分16秒
返信・引用
  > No.587[元記事へ]

いづれにしても、自分のその時(絵を描く時)の事を内省して
内で起こっている事を整理、明文化することは難しいものです。

しかし、結果として、
そのデッサンを一つやった事で、
やり終えたときにもうそのデッサンは身に付いてしまっている事が肝腎だと思います。
そうならないデッサンは問題です。
何のためのデッサンかと言う事になります。

私が上記した事は、そうなった時のデッサンを逆算的に整理し直して書き記しているのです。
(私がやるデッサンと言っても、必要あって画像検索した際、下書きの予習として極めて短時間でそのマスター作業を行うという程度ですが...基本的にデッサンと言うのは、義務教育次第の図工以外に経験ありません)
 

Re: デッサンへの危惧(3)

 投稿者:塾長  投稿日:2010年 4月26日(月)14時42分27秒
返信・引用
  > No.586[元記事へ]

「百回でも描け」と言うのも違う。
「面で捉えろ」とか言うのも違う。
線であれ、面であれ、
色んな連なり(関連性)が奏でる「メロディーを読め」ではないでしょうか?
そして百回も飽きるほど読んで鮮度を失うな。です。

http://web.mac.com/mitsunorin/

 

Re: デッサンへの危惧(2)

 投稿者:塾長  投稿日:2010年 4月26日(月)14時33分48秒
返信・引用
  > No.585[元記事へ]

例えば私が盲目だったとして、
心の中に人体のデッサンを描こうとすると、
掌をモデルの胸にペタン、お腹にペタン、その横にペタン、
ウン、硬い、やわい、デコだ、ボコだ、こっちは更にボコだ.....
とやるでしょうか?

両手で肩からひじに向って、ひじから手先に向って、
自分の掌や五指を押し返してくる流れの韻律を読みはしないでしょうか?

http://web.mac.com/mitsunorin/

 

Re: デッサンへの危惧(1)

 投稿者:塾長  投稿日:2010年 4月26日(月)14時32分51秒
返信・引用
  > No.584[元記事へ]

関係性を読むというのは、
ピカソのデッサンで言うと、私が朱で描いた様に
身体の部分と部分が一連の文章を織り成しているのを観る事です。
そしてそれを、韻律の洗練された一行の文にして詠みだす(描く)事です。
「はるはあけぼの やうやうしろくなりゆく....」とか
「おとこもすなる にきというものを...」とか
「ゆくかわのながれは たえずして...」とか
そう言う「一連のフレーズ」の一行を
人体石膏像をみつめるなかから何本も発見することです。

この朱で描いた部分一つ一つが
味わい深い俳句の一節みたいな韻律を帯びているのが分るでしょうか?

そう言う回路で描く事です。
そうした時、必要に応じて吟遊で詩を紡ぎだすように
様々の絵をソラでビジュアライズできる様になります。

自分の身体や心に眠ってるそう言う回路を日常として使う呼吸がわかってくることが
本当の意味で身に付く絵描きのデッサンと言うものです。

http://web.mac.com/mitsunorin/

 

デッサンへの危惧

 投稿者:塾長  投稿日:2010年 4月26日(月)04時47分56秒
返信・引用 編集済
  ※明日ちゃんと書きますが、メモ替わりに書きだしのみ.....

ここに上げたサンプル画像はピカソの若い頃のデッサンと言われるものと、
今書き止めた私の画像メモ二点です。

本当はタイトルにある「危惧」を端的に示す、一般の方の石膏デッサン辺りを
一点サンプルとして探して持って来ようと思って居たのですが、
描かれた当人が、良くないサンプルとして取上げられる事はお気の毒なので
結局良い例としてたまたま見付けたピカソのものを持ってきました。

そんな訳で、ここにある「良いサンプル」の対極として皆さんには思い描いてもらうしかないのですが、
デッサンで陥りやすい事、危惧されることは「近視眼になり安い」と言う点です。
・隣の数センチ角に較べてこちらの数センチ角はちょっと暗い
・隣よりクロスハッチングを増やして暗くしよう
と言う具合にパートパートに目がくぎ付けになり勝ちです。
描き終えたデッサンに、十段階の明暗が描き込まれているからと、
その人が十段階のスケールで明暗を把握する力を持って居る訳ではありません。
影の濃さに関して十進法を使えているわけでもありません。

実は、人というのは
味の甘さであれ色の濃さであれ、ものの善し悪しであれ、
何段階かニュアンスの違いを整理して記憶していたとしても、
本当は二つのものの比較しか出来ないのです。
そうやって別の二つを較べて、最終的に十段階に並べて記憶の引き出しに入れているだけなのです。
これを二進法と言ってもいいかもしれません。
二進法で割り出したデータを十段階に整理してデータベースとしているのですね。
話が数学に飛んじゃったみたいですが、
多くのデッサン指導によるデッサンから見えてくるのがそうした小さなパートパートの二点比較の集大成と言うニュアンスをそう例えてみたのです。

そこで翻ってピカソのデッサンを見て下さい。
彼のデッサンは連続する線で連続せる機構から機構の「関係性」を描きだして居るのが分りますよね。

話が飛び続けて申し訳ないのですが、
その「関係性」と言う事の理解のために、
私のさっき描き止めた、(粗い走り描きで申し訳ないのですが)説明画を見て下さい。
これで言おうとしているのは、
例えば人は腹筋なら腹筋の理解にと、腹筋のデッサンや観察を仕勝ちです。
手なら手、目なら目、と言う具合です。

しかし、大ざっぱに言えば、
人の身体の動きというのはこの絵にある様に
「右の指先から胴体をクロスして左の足先までの協力、連動」
逆に「左の指先から右の足先までの協力、連動」で
一つの行動をします。
腹筋は腹筋だけで役割を果すのではなく、
その両端に繋がった筋や骨も同時に収縮することで腹筋がやろうとしている事を支えています。
歩くにしても、絵を描くにしても大体そんな感じです。
顔の運動である笑うということにしても、
口という穴のワッカが上弦の月形に勝手になったり、
目と言う穴のリンカクが下弦の月形に勝手になったりして居る訳じゃありませんね。
口と目の間にある沢山の筋肉、特にホッペの筋肉が収縮して
目尻と口角を引きつけて居る訳です。
そうした関係性を理解したとき「笑ったと言うシルシ」「笑顔の書き方」でない
笑った「表情」が理解されます。
理解されると何時でも心に呼びだしてそれを描く「素」が顕れる様になります。
人間という全体、身体の表情もまた同じ事なのです。

人は二点の「データ」比較、整理と言う手法に依らない
「理解」を上手にわが物としてゆくためには
対象から充分な距離をとって此を見る、全体を観る必要があります。

この円い目から円錐状に視界というものが伸びているのであれば、
悪い例で上げたデッサンのように、視点が限りなく対象にくっついたり張り付いたりして居ると
視界の投影面積は非常に小さくなります。
人というのは、その投影面積以上のデータを記憶には収められないものなのです。
地を這う生物が観る地表と、衛星から観る地表の例に待つまでもなくそう言うものです。

良く人を観るのに第一印象が案外的を射ていると言うのは
長く身近で観ているよりデータ思考をしないからと言う事が言えるでしょう。

その二者の前者を仮に「二進法」だとしたら
私が推奨しようとしているあり方は「十進法」みたいなものと言う事でしょうか?
否、それが違うんです。
「零進法」と言うのか、二段ギアに対する無段階変速機と言うのか、
データによらない理解に負うものだからなのです。

※今日はここまで書き止めて、後日文面の整理補足をする足がかりとしたいと思います。
次回、その視点を大きくとるには、と言う事や、大きくとった視点が私達に与えるもの等、幾つかのことに触れたいと思います。(塾長)
 

やむにやまれぬ(2)

 投稿者:PAPA  投稿日:2010年 4月 7日(水)23時08分7秒
返信・引用
  きっとこやつは
すべての泣いてるヤツに聞き入っちゃあ供に泣き
すべての歓びに付きあっちゃあ供に笑いしてる間に
こんなになっちゃったんだろう。

しかし
お前が何処にもない訳じゃない。
そんなお前が誰よりお前そのものだ。

お前は何十年見ても掴めないが
お前は何十年見ても
きよらかで正しく美しい。

http://web.mac.com/mitsunorin/

 

やむにやまれぬ

 投稿者:PAPA  投稿日:2010年 4月 7日(水)23時06分50秒
返信・引用
  梅の枝はこう来ればこうでしょう...と言う様に分かりやすいが
桜の枝ぶりだけはこの年まで見ても掴めない。

秩序が無いのではないだろうがそれが掴めない。

桜の枝に
お前というやつは何故ここからこっちに行ったのだ?
とたずねたならば
やはりこう応えるのだろうか

かくすれば かくなるものと識りながら やむにやまれぬ....とか

俺はこうしかしない事にしてるからこう
と言う梅に対して
あれもこれも受け入れて受け止めて
全て受容しながらしかも
春にはすべてを包容してもいる。
こいつは
習いや決め事にではなく生きる態度に秩序を以てしてるのかしらん。

いや、
奇しくも風邪で休む間もなくソメイヨシノに関する仕事に追われ
今日寝るかというのを
ちょっとタイミングを逃して
成り行きで王子の桜を見に表に出たところ。


傍目に不自由と見える中に一番ほどけきった自由を端的に表し
傍目に無秩序と見える中に一番凛として正しい
何年見ても掴めないが
何年見てもお前はきよく美しい。

http://web.mac.com/mitsunorin/

 

お願いは聞いたけど

 投稿者:PAPA  投稿日:2010年 4月 7日(水)23時01分29秒
返信・引用
  身体もパソコンも起きてられないような状況下に
スケジュールを無理矢理こじ開けてお請けした突貫工事仕事だったが
さっきyoutubeでこの絵を使うジャケットのバンドの曲を流してみたら、
何時もJ-waveから聞えてきてる曲ばかりだった。
だからと言うのではないが、
「CDジャケットの撮影大道具として使う絵だったら
もう少しジックリ構えてコンセプトから....」と
私が電話で言った通りの、幾ばくかの心残りが
ハッキリした大きなものになってしまった。

でもまあ、そんなギリギリのところで何とか助かったと言う様な
仕事が多い私だから仕方無いか...
よくTVでやるヘリで飛んでく救急医療みたいな仕事だからな。

しかし、血尿出すくらい死ぬほど働いて
これでよく生きられるなと言う位の稼ぎで...
片方で
この仕事のフィールドをもう少し整備しなきゃとささやかな努力をしてる。
医者の不養生とか、
腕のいい大工のあばら屋と言うのが
昔には良くあったが、
まさにその類いか。

http://web.mac.com/mitsunorin/

 

祝!Googleの三番目に...

 投稿者:PAPA  投稿日:2010年 3月30日(火)22時08分47秒
返信・引用
  わたくしめが主催さしていただいてる
「イラストレーターの輪」ですが

http://blog.livedoor.jp/hmgpapa/

現在100人を超えて更に名を重ねつつあります。

嬉しいことに、今日「イラストレーター」で検索してみると
驚いた、
グーグルの一頁目、三番目に出てきてました。
さっき見たら四番目で順位一つ下げてましたが
それにしても素晴らしいこと。

本家の私のHPはといえば
更新もできなくなってるので日に日にページランクを落としてますが
そちらはもともと上位とは縁のないサイトだから.....

にしても
コレは素晴らしいこと、
ご参加くださってる方々にも何とか申し訳が立つ。
皆様のご協力のおかげです。
ありがとうございます。

http://web.mac.com/mitsunorin/

 

自分にとっての絵コンテのリアルって

 投稿者:塾長メール  投稿日:2010年 3月19日(金)02時10分48秒
返信・引用
  絵コンテに於けるリアルの意味って
(ハイクオリティーとも表記されてるけど)
国内各社では何処を見回しても
Photoshopのブラシで限りなく滑らかに描かれた何処かしらお馴染のマネキンとかレストランのダミーの様な意味に観える。
しかし、プレ・ビジュアライゼーションの意味あいに於て
上げていくべき目盛りってそこにあるだろうか?

海外の映画を観ていて何時もその事を考えさせられる。
こう言う創造性溢れるべき映像をリアライズするにあたって
国内的に言うストーリーボードのリアルとかハイクオリティーって
ルーティーンなプレゼンテーションの体裁以外の
こうしたクリエイティブにどう関係しうるんだろうか?

私も現場描きなんかで何度かは指摘されたことがあるんだけれど
私は別の目盛りを上げようと試みている。
閉じられたピグマの線画に滑らかな着色と言う手法ではないから
もう一人のベテランコンテライターさんの横で私だけ
チーフディレクターと思しき人に「なんだ君は」「誰だこんな素人呼んだのは」と批難された事もある。
(その時のケースで言えば、帰宅後に電話が鳴って、クライアントからの要請で全ての案を私の理解とタッチで描き直して欲しいとの連絡が入ったりもしたのだが....)

私の素直に考える
ストーリーボードに於けるリアルと言うのは
未だ観ぬ未来の、その映像の最も力を持ったシーンとして結実したケースを
観て来て紙の上に創めての方法で皆が初めて観るそれを
初めて定着して見せる事にあるのじゃないか?
その意味でのリアルの目盛りは何処に働くかというと
そのシーンの活きた状況や仕草や表情や....
と言った物を最大限伝える(リポートする)所にあると思う訳だ。

観えるものについての破綻の無いデッサンは
絵描きなら当然で
未だ観ぬものに関するデッサンが、観えると同時に実現される体でなければその役目を果せない気がするのだ。
だから何時も怖い。

後発の自分の臨み方で正解なのかどうかは分りはしないが
ただ、
例えば侍の時代にタイムスリップして
本身の刀のギラギラをこちらに向けられた中に
丸腰のまま突然置かれる緊張感がある。
それはたしかだ。

http://web.mac.com/mitsunorin/

 

今夜NHK BS hiで観てね

 投稿者:塾長メール  投稿日:2010年 2月23日(火)00時12分38秒
返信・引用
  本日23日(火)NHK BS hi 「いのちドラマチック ~カイコ ヒトがつくりかえた生命~」22:00~22:29

不肖私が番組の構成イラストを担当しています。

これは、最初自然界には存在しなかった、
人間の手に依って産み出された生命の種に関する学術的な番組です。
その初回は、外山亀太郎博士の「蚕研究」のドラマが
イラストを中心に描かれています。

ただ、当初の構想と違って
二回目以降イラストがどの程度関わってくるかは現時点で白紙状態です。
やっぱり予算が無いんですね。
寂しいことに....

でもまあ、時間も予算も無い中自分なりに頑張りましたので
お友達の皆さん 良かったら観て下さい。

http://web.mac.com/mitsunorin/

 

夢のふるさと

 投稿者:mitsunorinメール  投稿日:2010年 2月13日(土)18時41分5秒
返信・引用
  これはCMバージョンだそうで
サビの所も二番も無いがちょっとピックアップ。
http://www.youtube.com/watch?v=1RTnpdHcPNE&fmt=18
「埋め込み禁止」と言う事でURLだけ。

これは2002年にある若い絵描きさんから受けた質問に応えたものです。
この曲に因んで、人名等一部アレンジして転載したいと思います。



[124] はじめまして!! 投稿者: hさん
投稿日:2002/11/20 2:48:28
自分はこれから自分のイラストってもんで仕事をやっていけたらと思ってる若造なんですが、知人のフライヤーなんか作る程度しかやったことないんで仕事となると、何をどおしたらいいのか、何からやればいいのかわかりません!!
PAPAさんからなにかアドバイスでもいただけたらと・・・青臭い質問でスンマセン。

[125] hさん、いらっしゃい。 投稿者: PAPA
投稿日:2002/11/20 16:09:50
絵も何も見ないでいい加減なことは言えませんが、私もこの年でまだ何をどう、
何から....と言う事について手探りです。
身内のmもその事に対峙している最中です。

でもまあ少なくとも、経験上これだけは言えるのじゃないかと思います。
「自分のイラストってもんで仕事をやっていけたら」と言うのがラストの目標では、
永遠に近い将来まで、満足の行く人生には届かないと言う事です。

その事すら通過点になるような目標、つまり、「私の絵でもって、何を世の中に贈れるだろう」と言う事に想いをいたしてみて下さい。
自分が自分らしく、一生いやにならずに絵を描き続けるためにも、
他の人でなく自分だから贈れるものを、親からもらった自分の中に見つけてみることをお勧めします。

抽象的かもしれませんが、第一歩はそこです。
結局絵は、技術以上に、境地で描かれるものです。
その動機づけが自分のド真ん中に立脚点を置く人の勝ちだと思います。

一度それでメシを食いたいと言うだけなら、別のアドヴァイスもありますが、
折角絵を好きで産んで頂いたのなら、一生描き続けられて行かれる事をPAPAからも念願します。

具体的な絵の話でも、私で解る範囲ならお応えさせていただきますから、
またいらして下さい。

書き込みどうも有難う。

以上がコピペです。

....と言う事で
夢をずっと育てましょう。

http://web.mac.com/mitsunorin/

 

フジモト芽子(マイコ)さん

 投稿者:塾長メール  投稿日:2010年 2月 6日(土)15時14分13秒
返信・引用 編集済
  ブログ「イラストレーターの輪」
http://blog.livedoor.jp/hmgpapa/
今年に入ってから既に6名様のリレーが繋がってますが、
このイラストレーターさんご自身による
テレフォンショッキング式の紳士淑女録、
100名の大台までほぼカウントダウン状態の097番まで行きました。

ここの96番目の「フジモト芽子(まいこ)」さんとやり取りをしていたのですが
彼女は直木賞作家の藤本義一さんがお父さんなんですね。
素晴らしい感性でありながらまだホームページも製作中で、
現成の唯一の通信手段がケータイメールでした。

しかし快活な良いお嬢さんで、自己紹介文がまた興味深かった。
以下はその写し...

ライフワークは 小さい頃何度も夢で見た 大きな岩の島の風景を創作しながら
思い出し表現すること。何かわからないけど 自分のカギがそこにあるような気がします。(子供のころを思い出すと紹介文でかいてくださったロケット画伯!もしかして同じ夢の島におられたかもです!)

....以上
 

続き

 投稿者:塾長メール  投稿日:2010年 1月25日(月)21時50分58秒
返信・引用 編集済
  芭蕉の後にいるのは
奥の細道で芭蕉のおともをつとめた河合曽良で、
この人の墓は私の郷里の島にあり、
大好きだった恩師のご自宅の裏山辺りにあったため
少年時代に恩師に連れられてお参りした事がある。

「はるにわれ こじきやめても つくしかな」

乞食と言うのは、芭蕉と二人連れの托鉢の旅の事で、
旅に煩った時に
晩節は想い出深いあの美しかった筑紫の島で終えたい
という願いを詠んだ曽良のうただ。

その様に彼は晩年を壱岐ですごし
その生涯をとじたのだとか...

そういうのも真面目そうな横顔のシルエットと
夕焼けに手を合わすところにチョットだけ籠めた。
 

ラストだからこそそっけなく?

 投稿者:塾長メール  投稿日:2010年 1月25日(月)15時25分33秒
返信・引用
  ...と言う様な、何か意味あり気な深い考えじゃないんだけど、

最終回の今回何故かメールの行き違いで、
連載伝記読み物の原稿が入稿予定だった(らしい)今日まで届いてなかった。
さっき原稿を送ってもらって読み終えたところ。

入稿は29日で良いですよと言う事だったが、
当分立て込む公算が強いので今日やってしまおうとしている。

テーマは「松尾芭蕉」。

構図は何とか心に浮かんだが、
時間の事ばかりでなく、深追いすると何となく筆を置きそびれて
しつこい絵になりそうな気もした。
実際、この線画の前のものは、サラサラと書いたつもりだがそれでも
「深追い」な感じがして紙をあらためた。

描かなさすぎじゃないの?
いや、いい。
今回は殆ど逆光のシルエットばかりで描こう。
深い考えは無いが、
ラスト仕事は逆にあっけない位に手放した方がいいかもしれない。
そんな気がした。
 

前の日記を受けて(2)~【一沈】さん

 投稿者:塾長メール  投稿日:2009年12月 8日(火)12時09分15秒
返信・引用
  これは、2つ前の日記(これはmixiからの転載です)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1357830161&owner_id=127930
の、【一沈】さんの書込を受けての新しい日記です。
コメントへのレスポンスにしては長くて大きいテーマになりそうだったので...

【一沈】さん
同じように、大の大人のアーティスト達が子鹿のスケッチから取り組む「バンビ」の制作風景もありましたよね。

私はこれから書くような日記は、
たまに書かずにおれない気持になるけど、
まるで我が侭な愚痴にしか聴こえないだろうと思うから何時も憚られて
結局書かずに来てしまうのです。
でも一二度は日記やコミュで書いたと思います。

赤塚不二夫が生前「自分を最低と思うんだよ」と口にしているシーンを
最近二度TVで見ました。
あの言葉は、己を低うして言ってる謙虚な言葉だと思われるでしょうか?
実は私もよくよくのケースで同じ事を思ったりするんです。
その真意は傲慢きわまりなく聴こえる自信過剰っぽい言葉なんですよ。
私には天才赤塚の自任あってこそ云える言葉に聴こえました。
「本当は、私くらいでプロとしては失格か否かの最低レベルなんだ」と言う言い回しなんです。
「皆最低この最低ライン位は越えた上で漫画がどうのこうのの話しようよ」と言う...
「自分程度なんか最低ラインでなくてどうする」と言う願いと言うべきか?

そう言うのは、子供時代にその「ディズニー」の啓蒙も見てるせいです。
勿論自分を最高だなんて思わないけれど、
そう言う大人の本当の仕事(ディズニー、ロックウェル、サンドブロム、エルブグレン)を見て知って絵描きになってるし、
そう言う土俵だと思うから際限なく自分の天井も突き破ってヒイヒイ頑張ってきてるのに、皆ナアナアで済ませあって、誰も本気で来てやしない、
今の日本のそんなレベルが「子供の時ディズニーで見て知った大人の仕事の土俵か!?」と言うね...
(もちろん尊敬すべきプロは何人も居ますが、そのフィールドが業界と言うフィールドと一致してるかどうかは別なんです)

ね、
すごく傲慢な、と言う反応をする人が多いでしょう。
私は子供の頃そう言うものを大人の仕事レベルと言う敬意をもって
漫画家になりたいと志しましたが
いつしか漫画の世界も
大人まで巻き込んだナアナアレベルの漫画時代になった。
イガグリ坊主詰め襟の学生服の私は、
「もう自分の進むべき道では無くなった」ので漫画と言う道は断念せざるを得ませんでした。
あの「宇宙戦艦ヤマト」だのが「バンビ」のフィールドといえてるか?
日本のカリスマ達のアニメが本当に『レミーのおいしいレストラン』や『カンフー・パンダ』と同じ大人の仕事のフィールドと言えてるか?
イラストや漫画やアニメのカリスマ達の仕事が『メアリー・ブレア』と同じ大人の仕事の土俵に立ててるか?

今日日本の漫画産業、アニメ産業は世界に冠たるもので、と言われるけれど、
それは表現媒体としての発達や、独自の記号化、文化シェアの発展への敬意や物珍しさへの敬意や、エキゾチズムへの憧れではあっても
先のディズニー以来のアート面での敬意では、まだ無い気がします。
日本人皆が思うほど日本の漫画アートの絵はクオリティー高くは無い、と私は感じてます。

嘗てビートルズの名前が躍って、坂本九のすき焼きソングが旋風を巻き起こした
「ビルボードHOT100」と「オリコン」が同じフィールドではないのと好一対だと思うのですが、
この事は言うと必ず批判の声の方が99%になってしまうと思います。

以前自分の絵のコミュで
「天井」を取っ払うと言う事
と言うトピを起ち上げた事もありますが
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=3737363&comm_id=288884
http://6311.teacup.com/papa/bbs/t12/l50
これが絵の仕事の世界の青天井だと思ってる空を
何度でも何度でも張りぼての天井と見破って突き破らないとそのフィールドまで来られない。

現にそのフィールドレベルでディズニー達は推移してる。
サンドブロムは!エルブグレンは!ロックウェルは!...
先に平山郁夫画伯の日記やマイケル・ジャクソンの日記も書いたけれど、
大人の仕事ってそう言うフィールドじゃないのかしら...と思う。

自分でこれ位が一杯一杯かと思ってもやはりもっと上のレベルがあって
「いや、人間にはもっと出来るはず」と
何度でもご破算で願いましてはをする。

天井の突き破り方、張りぼて青空の突き抜け体験と言うのは
例えばこうです。
ーーー目の前の紙への集中が極まって気絶したのかと言う感じで記憶が飛んでしまう(前後不覚、前後裁断の世界に突き抜けて出てしまう)事がある。
丁度虫眼鏡の光が紙を焦して突き破って向うの広い天地に出てしまう。

そんな感じで今青空天井と思っているレベルを突き抜ける事が出来ます。
それでもまだ届かないレベルで現にプロの世界は推移してるのだから
(メアリー・ブレアは、ロックウェルは、マックス・フライシャーは...)
それを
何度でも何度でも空を張りぼてと見破って突き抜ける。
「人間にはもっと描けるはず」と頑張る。

それでもそれでも...
自分は最低レベルなんです...

赤塚の
『自分が最低なんだ』
と言う言葉。
それは
あの土俵で最低限皆勝負しようよと言う言葉に聴こえるんですよ。

でないと私は
やはり子供たちに大人として恥ずかしいんです。
昭和三十年代にTVから流れてきた「ディズニーランド」の中の
大人の仕事と言うものを見ちゃったんだから
そりゃあもう仕方ないと思います。

それ位のインパクトと、尊敬にあたうものが「大人の仕事というもの」だったのです。
今日もある打合せに行きますが
幾つになっても、視力が情けないくらい衰えても
そう言う「尊敬すべき仕事場」に臨む気持で行きたいとは
何時も思ってるんです。
「できない」を理由にしたくない。
何時も自分に「人にはもっと出来るはず」と言いたい。

※しかし悲しいかな
視力体力は歳とともに衰えて、
日々の仕事のどこかしらには「これ位でまあいいか」が
少しづつすこしづつ忍び込んできています。

張りぼて青空天井の際限ない突き破りは
本当に、若い内ほど、前途ある青年ほど
果敢にやって欲しいと
本気で願う今日この頃の「ご年配」なのでした。
 

storyboard(1)

 投稿者:塾長メール  投稿日:2009年10月26日(月)11時58分56秒
返信・引用 編集済
  皆様、
本当に長い事放っておいてご免なさいね。
その間、皆様と同様このご時世の例に漏れず
私も人生の荒波にドンブラコッコ揺られておりました訳で

それでも嵐の大海のまっただ中に
この小舟を繋げる無人島にたどり着き
やっと今停泊出来た様な感じでしょうか?

さて、今日久し振りにトピを起ち上げましたのは
ある海外の相手向けに急きょ構えようとしているwebポートフォリオの一部なんですが
ちょっと見て頂けますでしょうか?
国内に居てこう言う感じの仕事に中るのは非常にレアなケースだと思います。
しかし
このコミュで過去に触れてきた多くの「フリーハンドの心得」が
瞬時瞬時の「選択」「判断」「機転」や「インスパイア」、「冴え」....
と言ったものに多く関係している事がかいま見える
珍しいサンプルになってるかも知れないと思えたからでした。

これは、国内的に云えば「CM絵コンテ/モノクロ」というカテゴリーですが
恐らくほとんどの国内のCM絵コンテの作業とは「何かが」違ったものになって居ると思います。
広義ではこちらの方が「storyboard」の常識に近いものになっていると思います。
http://web.mac.com/mitsunorin/iWeb/m/lux_files/slideshow.html

まあ、前置きはこれ位にして
後の事はレスで皆様とやり取り出来ますようなら
そちらで亦....


と言う事で宜しくお願いします。
 

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