• [0]
  • 塾長の今日の独り言

  • 投稿者:塾長
 
塾生の皆様、
長く放ったらかしてしまって済みませんね。

こうしている間にも塾生の数に目をやれば、
100名に届きそうなところで推移しています。

忙しいさなかではありますが、
時折、せめて独り言や呟きだけでも書き留めたりしていこうかなと、
今新しいトピの欄を開きました。

上手くなりたいと言う人は、
こんなキツイ仕事であるにも関わらず後を絶たないんですよね。
はぐらかすのが好きな訳じゃないんだろうけど、
絵というのは不思議なもの。

「上手くなりたい」が動機では上手くなれない。

それは、世の多くの健康オタクが必ずしも健康とは限らないのにも似てるかな?

絵で、何を贈りたいか、という志が、
絵心や絵身体の尻を叩いて、
志に見合うだけの絵を日々要求するのですね。

そんな幾歳月かの内に何時か振り返れば、
幾つかの画道の山を越えていたりするもので、

あくまで先導する「志」と言う馬があって、
何歩か後を付いて進むのが絵の様です。


また、
何時、何の絵の時もシャカリキに絵のうまさを発揮するのが良いというわけのものでもない。
絵を通して何を伝え、どういう気持ちになってもらいたいかが第一なのであって、
画力と技量の100%が発揮されているのが、高度であるとも、
良いとも限らない。

それは、超絶技巧のギターバトルが、
ニールヤングの素朴な「孤独の旅路」より「高い」音楽であるとは言い難いのと同様、
絵は、適正に役どころにたたずむのが良かったりもする。

その五割方の仕事が、その人の一杯一杯でなく
ふくらまりを含むものであるために、
広大な絵の地平を胸に持つのは良い事です。
それは生涯地平を拓き続けて、その五割に備えられれば幸せ。

今日の独白です。

このトピは同様に、絵の独白、何でも書きしるすのに使って下さって結構です。
私もまたそうします。

では、仕事に戻ります。

※2006年12月01日 07:45 PAPA投稿
※投稿画像は↓〔1〕に

投稿者
題名
*内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
URL
sage

  • [17]
  • 2008年10月22日 09:30 PAPA

  • 投稿者:塾長(転載)
  • 投稿日:2009年 3月22日(日)20時05分16秒
  • 返信
 
新トピ立ち上げましたが、
例に依ってモンダイ含みなので
またおそらく引く人、来る人あって、
大体この人数保つ当コミュです。

  • [16]
  • 2008年10月20日 19:30 【一沈】

  • 投稿者:塾長(転載)
  • 投稿日:2009年 3月22日(日)20時04分30秒
  • 返信
 
恐れ入ります。

【一沈】

  • [15]
  • 2008年10月20日 14:12 PAPA

  • 投稿者:塾長(転載)
  • 投稿日:2009年 3月22日(日)20時03分36秒
  • 返信
 
【一沈】さんの日記で
猫行灯の仕上がり経過、観ましたよ。
あの影絵が胸中で探られて、このフォルムになってるんですね。
飽かず眺めて夜が更ける....そんな出来栄えですね。

  • [14]
  • 2008年10月15日 10:45 【一沈】

  • 投稿者:塾長(転載)
  • 投稿日:2009年 3月22日(日)20時02分47秒
  • 返信
 
いつもPAPAさんの凄いな~と思うことは,「分析力」です。
最近ぼくは自分の画業の中で得て来たノウハウを明快に説明できない状況が増えてきました。
きっと,老齢による、記憶力の低下でしょう。
絵を描くそのつどそのつどにPAPAさんがおっしゃる「絵の心」を現すことに熱中するしかありません。

おっしゃるように、絵の上手は必要がありません。
自分なりに何を描きたいのかが明確であることが必要ですね。
そうすると自ずと自分なりの絵の解釈が出来ますね。
自分なりの絵の解釈がなる時まで,何度もスケッチを描いてみます。

図は今やっている猫行灯の為の猫図です。
ものをとらえようとする猫の後ろ足はこんなに開くはずはありません。後ろに一直線に伸びているでしょう。
しかし,表現としては大きな表現を望みました。

最近は日本の表現に自然に興味があります。
日本の表現は「絵」としての表現です。
歌舞伎俳優が花道で「見栄を切る」のに似ています。

「上手」というのに写実的に描けるということがあります。
でも写真や映像の発達した現代では、それなら,シャッターボタン一押しで解決できます。
絵として表現する人間の工夫が必要と思います。

昔の日本の絵の表現力について言及しましたが,映像技術が発達した今、あらためて「絵としての表現」をすることが絵描きに求められると思います。

記憶の薄れいく爺絵描きの独り言でございました。

*鉛筆のスケッチは自由さが多いね。子供の時から使っているんだもの。
もう一つは,紙を濡らしてカッターナイフで引っ掻いて切り抜きます。
またここで,引っ掻きは引っ掻きの「絵としての表現」の頭を切り替えます。

  • [13]
  • 2008年10月15日 06:48 PAPA

  • 投稿者:塾長(転載)
  • 投稿日:2009年 3月22日(日)20時01分41秒
  • 返信
 
次期トピックの予告です。
「デッサン力とは伸びるものなのか?」
「絵とは上手くなるものなのか?」
「向上は起るか?起るとすればどう起るものなのか?」
と言う事についてです。

今月中に着手出来るかどうか分りませんが、
結構シビアだし、でも大切な事を書くつもりです。
ガックリ来る人も居れば気持ちを新たに腰を据え直す人もあり
色々だと思います。

おそらく一般的にはどこを探しても言われる事(常識)ではないし
私一人しか言いそうもない戯言に観えるかも知れません。
でも私なりに、過去の絵に関する無駄な幻想は破り、
依りクリアに、絵描きにとってのこの道の見晴らしをつけておきたいがために
書く事を思い立ったものです。
モヤッと浮かんでいるだけでまだ明文化してはいない事なのでどうなるか分りませんが、
少なくとも半世紀ちょっとこの道を歩いてきた、年齢なりの務めとして
後進のために取り組んでみます。

取り急ぎ、塾長より予告まで。
よろしくお付き合い下さいませ。

  • [12]
  • 2006年12月09日 14:18 PAPA

  • 投稿者:塾長(転載)
  • 投稿日:2009年 3月22日(日)20時00分59秒
  • 返信
 
世間的に普及したメソドをたどれば、
根気さえあれば、時間を厭わなければ、皆が登れる高台の一番上まで、
皆さん必ず登れると思います。

しかし、その頂上の先は用意されてありません。
そこで押してくれるスタンプラリーのスタンプを貰えるだけです。

その高台に登った人も、登らなかった人も、
自分と云う、永遠に生長する絵描きの梯子は、
自分と生まれ落ちた座標の真上にしか降りて来ません。

他の何か、他の何処か、他の誰かと
自分の中間の上空には降りて来ません。

この自分で良い
この自分が良い。
この自分を完全に使いきって
この自分一本で生きる肚ができて、
志の方角が分って来て、
向上心と、思うに任せないもどかしさとが
極まって行くもならず、止まるもならずの窮地を迎えたとき、
頭上の梯子は直ぐ近くまで来ています。

そのためにはやはり
自分を認めてないと無理ですよね。

これは以前にもこのコミュで書いたけれど、
大切な種ほど堅い武骨なカラの中に覆われています。

地表近くから直ぐ顔を出す様な石に大したものはありません。

良かったら認めてやるけれども、悪かったらその限りではない、
と言う様な、試す気持ちでは
スコップが、終に自分の原石にカチンと当たって火花を発する日は来ません。

必ず自分は、自分の最良の馬であり将兵であり楽器です。
疑わず一番好きになって、歩みはじめて下さい。

この誰も歩かなかった道を歩くのにワシほど適した足のやつは居なかった、
この気妙な椅子に座るのに私ほどピッタリの尻のやつは居なかった、
全ては全てはそのためだったのか、
と言う日が全ての人に必ずあり、役分、天分、天職、天命として配材されて居ます。

人はそうして「所(処)を得る」のが幸せなのだと思います。
社会の多くの歪みは、皆が自分の椅子を見つけず、誰かが座ってしまったり、
目移りして椅子取り競争になったりしている為であるケースが多いのです。

所を得るところに本当の所得の道があるかもしれませんね。

絵の話と、ちょっと違ったかもしれませんが、
絵の道もまた他の全ての道々の例外ではない人生道なのだと言う事です。
道が本物になれば必ず普遍的になるのであって、そうでなければ、
ただの私見なのです。

  • [11]
  • 2006年12月06日 22:27 やまだや

  • 投稿者:塾長(転載)
  • 投稿日:2009年 3月22日(日)20時00分12秒
  • 返信
 
塾長、ことPAPA様。

ちょっと冬眠気味だったわたしの性根にガツッ!と一発
来るようなお話、大変心嬉しく感じます。

>いえ、本当はね、
やまだやさん、描かないだけで、描けるんですよ。
それは、自分が許せる採点方式や、世間的ルールで不合格と、
自分で判断して、描く事を遠慮するけど、
でも描ける事は描ける訳です。


読んでて、ちょっと照れくさくもあるけど・・・
でも、本当に嬉しいです。1人でも、そういった見方で
いてくれる人がいる。
これが分かった、だけでも。

どこかのROCKミュージシャンの言葉で
「踊りたくなったら、自分の踊りで踊り尽くせば
いいんだよ」
これを思い出しました。

わたしも、わたしの左手で、わたしの絵を描いていこうと
想います。
有り難うございます。

  • [10]
  • 2006年12月06日 02:13 PAPA

  • 投稿者:塾長(転載)
  • 投稿日:2009年 3月22日(日)19時59分31秒
  • 返信
 
森のくじらさん
ありがとうございます。
温かくして頑張って下さい。

  • [9]
  • 2006年12月06日 02:05 森のくじら

  • 投稿者:塾長(転載)
  • 投稿日:2009年 3月22日(日)19時58分30秒
  • 返信
 
塾長さんのお話はしみじみとココロに響きますね。
仕事の合間に拝見して、なんだか元気が出ました。
ありがとうございます。
PS.先日、TVで例の劇画拝見しましたよ~。

  • [8]
  • 2006年12月06日 01:49 PAPA

  • 投稿者:塾長(転載)
  • 投稿日:2009年 3月22日(日)19時57分44秒
  • 返信
 
やまだやさんへ

よく、「プロの絵描きと言うのは何でも描けなければ」と言うけれど、今の自分はそこに至ってない...

(余談ですが私、絵師と言う言葉を余り使いたくないので絵描きと書きます。
そう呼んで居られる方には失礼にあたりますが、
私個人は、人がそう呼んでくれる分には有り難い事とは思います。
例えば林静一先生を現代の絵師と言う様にね。)

いえ、本当はね、
やまだやさん、描かないだけで、描けるんですよ。
それは、自分が許せる採点方式や、世間的ルールで不合格と、
自分で判断して、描く事を遠慮するけど、
でも描ける事は描ける訳です。

世間的申し合わせの上で下手でも上手でもね。

でも、私は、この塾に来られたら、
自分の声がサブちゃんも歌えばユーミンも歌うように、
先ず自分の持って生まれた声がつい、今心に来た歌を、
口をついて口づさむ事がある様に、
自分の絵が、世間一般に普及した描き方の物差しと関係なく、
てらいもせず、しり込みもせず、
真っ直ぐに先ずは「手を突いて」描かれる事が第一なんじゃないかと思うのです。
良い絵か悪い絵か、
もうかる絵かもうからない絵かは後の事で、
出発がそこにないと、
電車の中で、自分の足場の上に身体を置くのでないと立っていられなくなるように、
人生とともに自分の絵の塔を積み上げてはいけないのです。

それが、自分と自分の絵を好きで生涯行くと言う事の
第一歩なのです。

その塔を積むのに、必ずしも技術と言うレンガばかりが材料とは限りません。
時には人間的成長だったり愛嬌だったりのレンガだったりもすると思いますが、
何時かあなたと言う人の味になる事は、
あなたと言う人の声が、今まで生きたなりのあなたの味がするのと同じです。

その上で、絵の事を人生ぐるみ考えて育てて下さる事を
塾長としては願っています。

それは何時か優劣では無くなると思います。
あなたと言う人が掛け替えないと同程度に掛け替え無いものになります。

そのために、心を尽くして深くご自分を好きで、愛して生きて下さい。

※ここは、プロ養成講座ではありませんので、
言う通りにして絵で飯が食えなかったじゃないかと言う事もあると思います。
でも、私は一年草も、十年かかる木も、
キチンと自分を咲きおおせて欲しいと言うだけなのです。
売れても売れなくても、そこにもう一つの大事な実りがあり、
たといたまたま売れても、
この実り無くばおそらく、好きで選んだ絵の道が虚しいと思うのです。

長くなりました。

  • [7]
  • 2006年12月06日 00:14 PAPA

  • 投稿者:塾長(転載)
  • 投稿日:2009年 3月22日(日)19時56分55秒
  • 返信
 
>ともかくは、発注側の思う以上を表現出来ればとカクのです。
それで驚かしたい。喜ばれたい。

その気持ち、読んでにっこりです。
なんてまあポンと短く言えてしまう人でしょう。
NIWAKOさん、同じ仕事人ですね。

  • [6]
  • 2006年12月01日 15:42 NIWAKO

  • 投稿者:塾長(転載)
  • 投稿日:2009年 3月22日(日)19時56分17秒
  • 返信
 
ウマいにはいろいろで。
カレー屋で寿司は頼まないでしょうし。

ともかくは、発注側の思う以上を表現出来ればとカクのです。
それで驚かしたい。喜ばれたい。

時々、何を望んでるのか発注側も暗中模索状態だと困る。
おおいに困る。指示書見ながら悩む。
ケツが近づいて来て焦る。
いやな汗ばっかりカイたりして。

  • [5]
  • 2006年12月01日 01:08 PAPA

  • 投稿者:塾長(転載)
  • 投稿日:2009年 3月22日(日)19時55分29秒
  • 返信
 
森のくじらさんの

>それを遂行するためには、やはり基礎体力としての
技術が必要だとは思うので、

「基礎体力」と言う言葉は私も良く使います。
後に続く言葉が「技術」であるか、なんという言葉が適切であるかは別にしてもね。

人前でしきりに反復横飛びやってみせてもをしょうがなかったりするから、
それは「あ、つい出ちゃったかしら?」と言う位がね、
いいですよね。
あくまでメインではない、基礎体力ね。

  • [4]
  • 2006年12月01日 00:10 PAPA

  • 投稿者:塾長(転載)
  • 投稿日:2009年 3月22日(日)19時54分39秒
  • 返信
 
やまだやさん
レスポンスしてくれてありがとうございます。

仕事中の斜め読みで、ピントのズレた連想を書かせて下さい。
私、もう十年以上立ってしまいましたけど、
サンリオという会社でキャラクターやイラストレーションの研究開発をして居ました。

その頃の事、キャラクター(或いはリニューアル)が描けない時、
いや、違ったか?
キャラクターに着手する際には必ず、だったかしら、
沢山の詩を書いたものでした。

その事を思いだしました。

※そのお陰で、キャラクターデザインに必要な英文コピーは
山程用意があって助かったものでしたが...

  • [3]
  • 2006年11月30日 23:52 やまだや

  • 投稿者:塾長(転載)
  • 投稿日:2009年 3月22日(日)19時53分52秒
  • 返信
 
塾長、ことPAPA様。
トピ立て有り難うございます。自分も、このコミュは
気にかけていて(って、何だか偉そうな発言ですね)
何かトピック立てられないかなぁ、と思いつつも
今日に至ってしまっています。


さて。
自分としては、まだまだ「絵(仕事)師」としての位置は
確定されていない訳ですが。
そんな中で「絵仕事関係」のコミュ(参加)数ばかりが
増えている、という体たらくです(ダメ)

そのコミュ一連の中で、共通した「回答類」の中で
「イラストレーターは、顧客の応答・要望に応えて
『何でも』描けなければならない」といった類のものが
見受けられます。
しかし・・・・

自分自身、スキルもキャリアも「何でも描ける」領域には
(全くと言っていいほど)到達してはいません。
正直、最近のわたしは
「何を、どう描いて、伝えていけばいいのか?」
こんな「迷い」も出てきている始末です(嫌)

それを克服するためにも、やはり
「良く見て、よく感じて、良く、あるいはよく描く」
これしかないのかと・・・・
しかし、そうかといって「スキル・キャリアUP」の方向
だけ見てればいいのか?と言えば・・・どうもそうでも
ないような気もします。

(これまた、わたしが参加してるコミュ一連の話に
なってしまいますが)
いわゆる「自己肯定形自己啓発」関連のコミュで言われる
のは
「ひとつのことに『執着』すると言うのは『願望を叶える』
ために必要なのか?」
「『執着』してしまうと、かえって『願望』は逃げて
しまう」
「『執着』しないためには、一度『手放す』こと」

(絵仕事、の範囲で言えば)
この場合の「手放す」というのは「諦める」と言うのとは
違うかと思います。
「他方面から(絵を、また絵の仕事を)見てみる」こと
ではないかなぁと。

「他方向」とは何なのか?

それは「文章」かもしれません。また「歌」かも
しれません。それらの中から「何をどう描いてどう伝えるか」
これらが分かってくるのかもしれません。
しかし。
これらの作業はとても「時間のかかること」かと。

わたしに「残されてる時間」はどれくらいあるか?
(年齢的にも体力的にも精神的にも)
それを考えてしまうと「絵、あるいは絵仕事」への想いは
「執着」に変わってくるでしょう。
しかし「執着」してしまうと、肝心な(見なくてはならない)
「何か」が見えなくなりそうで・・・・


でも。
結局、こうして「迷いながら1日を過ごす」ことができる
だけ、わたしは「幸せ者」なのかもしれません。


あぁ・・・・抽象的な想いを文章にしようとすると、
どうしても支離滅裂になってしまいます(つД`)
さぁ、あと1日派遣仕事を頑張れば週末です。
明日のことは、明日一生懸命に、週末のことは、週末
一生懸命考えます。
絵のことは、絵を描きながら一生懸命考えるより他
ないようですね。

長文、失礼いたしました。

  • [2]
  • 2006年11月30日 23:21 森のくじら

  • 投稿者:塾長(転載)
  • 投稿日:2009年 3月22日(日)19時53分7秒
  • 返信
 
おもしろい話ですね~。
色々考えさせられました。

ぼくは、もともと美術系とは特別縁のないところに
いたので、この世界に入っても絵を上手に描こうという
意志はほとんどないのですが、
やはりクライアントと対峙する中で
何をどう表現するのかというところで
「技量不足」というのがあると、それはやはり
足手まといになってしまうのは否めません。

で、大体のところ、その仕事の中でいかにスキルアップ
できるかという感じでいつも挑戦しています。
本当は、日々の鍛錬を仕事の中で生かすのが
よいんでしょうけど・・なにぶん練習というのが
苦手で・・。

ぼくが描きたいのは目に見えないところ。
だからこそ、目に見える部分をちゃんとせねば
結局、目に見えないところは感じてもらえないんですよね。

それを遂行するためには、やはり基礎体力としての
技術が必要だとは思うので、少しずつでも
前にすすんでいければいいなあと思う次第です。

と、ぼくもつぶやいてみました(笑)
さあ、仕事しよっと。

  • [1]
  • トピック投稿画像

  • 投稿者:塾長(転載)
  • 投稿日:2009年 3月22日(日)19時52分15秒
  • 返信
 
↑上記トピック投稿画像はこちら


レンタル掲示板