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定規で描く遠近法が絶対では無い

 投稿者:塾長メール  投稿日:2011年 9月17日(土)13時39分56秒
  通報 返信・引用
  先にも一度触れた事がありますが、
漫画やアニメで、定規で描かれた和室に、何か広過ぎる様な違和感を覚えた事がないか?
と言う話、覚えて居られるでしょうか?

皆さんが漫画なんかで背景を描く時には、学校で教わったように、
一方向だけに収束する遠近法を使って描くでしょう。
しかし、そうやって描かれた景色には何か違和感がある。
今日はその話です。

今描き留めたメモ画像を見て頂けますか。
これはものすごい広角のカメラというか、引きの絵ですね。
こんな風に一地点に立つ眼から見ると四方にも天地にも収束点があります。
全方位に遠い所は遠い。
けれど、何もこんな引きの絵で無くてすら、
さっき言った和室一間の数メートルの範囲ですら何か居心地悪い、自然じゃない感じが伴うと...
まあその原因は、実際の私達の目には、世界はこの添付画像の様な見え方をしているからだと言う訳です。
もっと厳密に言えばここに地球の円さとか円い眼球二個と言う要素とかも加味されて
実際の私達の周囲の景色は視えている、そのこととの差なんですね。

しかしそんなヤヤコシイ条件総てを盛り込んだ複雑な遠近法で描けなんて、
私は皆さんに云いたくありません。
ただ、この「遠近法」すらも黄金じゃないと知っておいて頂ければ充分だと思っています。

走ってれば前傾に決まってる、
景色は遠近法に決まってる、
そうやって無数に積み上げたテンプレートから一度奇麗サッパリ自由にならなければ
絵の上達はあり得ないと思われるのです。
積み重ねたテンプレートや眼の覆いの落ちた裸眼にならねば
先ず実際の世界が見れども見えないのですから絵の上達も何も始る事すら無いと
私は思うのです。

NET上でも散策すれば山程「画力向上」とか「絵の上達」とか書かれたコンテンツがありますが、
上記の一点に気付いて先ず「裸眼に還る」事をえねば、
本当の座標のxyz(0,0,0)に立たねば、そこからどう伸びるかのベクトルも無いと思うのです。

多くの場合の「上達」法が、
結局人の顔とは「へのへのもへ」と言う描き方にあるのであって
その応用編で、「へ」「の」「へ」「の」「も」「へ」の細分応用パーツを一個でも多く仕込んで行く事を絵が上手くなる事と勘違いしたまま進められています。

本当に絵が好きな皆さん、絵を描きたいと志された皆さん、
「何か」を絵に描き出す事の素晴らしさに引かれた皆さんは、
裸眼で、埃の付かないまっ皿なレンズと胸の感光板でこの世界に立つ事から出発して頂きたい。

抽象的な話に聴こえるかも知れませんが、今日はそう言う「第一歩」にして「一番肝心」な話でした。
よろしくお願いします。 先にも一度触れた事がありますが、
漫画やアニメで、定規で描かれた和室に、何か広過ぎる様な違和感を覚えた事がないか?
と言う話、覚えて居られるでしょうか?

皆さんが漫画なんかで背景を描く時には、学校で教わったように、
一方向だけに収束する遠近法を使って描くでしょう。
しかし、そうやって描かれた景色には何か違和感がある。
今日はその話です。

今描き留めたメモ画像を見て頂けますか。
これはものすごい広角のカメラというか、引きの絵ですね。
こんな風に一地点に立つ眼から見ると四方にも天地にも収束点があります。
全方位に遠い所は遠い。
けれど、何もこんな引きの絵で無くてすら、
さっき言った和室一間の数メートルの範囲ですら何か居心地悪い、自然じゃない感じが伴うと...
まあその原因は、実際の私達の目には、世界はこの添付画像の様な見え方をしているからだと言う訳です。
もっと厳密に言えばここに地球の円さとか円い眼球二個と言う要素とかも加味されて
実際の私達の周囲の景色は視えている、そのこととの差なんですね。

しかしそんなヤヤコシイ条件総てを盛り込んだ複雑な遠近法で描けなんて、
私は皆さんに云いたくありません。
ただ、この「遠近法」すらも黄金じゃないと知っておいて頂ければ充分だと思っています。

走ってれば前傾に決まってる、
景色は遠近法に決まってる、
そうやって無数に積み上げたテンプレートから一度奇麗サッパリ自由にならなければ
絵の上達はあり得ないと思われるのです。
積み重ねたテンプレートや眼の覆いの落ちた裸眼にならねば
先ず実際の世界が見れども見えないのですから絵の上達も何も始る事すら無いと
私は思うのです。

NET上でも散策すれば山程「画力向上」とか「絵の上達」とか書かれたコンテンツがありますが、
上記の一点に気付いて先ず「裸眼に還る」事をえねば、
本当の座標のxyz(0,0,0)に立たねば、そこからどう伸びるかのベクトルも無いと思うのです。

多くの場合の「上達」法が、
結局人の顔とは「へのへのもへ」と言う描き方にあるのであって
その応用編で、「へ」「の」「へ」「の」「も」「へ」の細分応用パーツを一個でも多く仕込んで行く事を絵が上手くなる事と勘違いしたまま進められています。

本当に絵が好きな皆さん、絵を描きたいと志された皆さん、
「何か」を絵に描き出す事の素晴らしさに引かれた皆さんは、
裸眼で、埃の付かないまっ皿なレンズと胸の感光板でこの世界に立つ事から出発して頂きたい。

抽象的な話に聴こえるかも知れませんが、今日はそう言う「第一歩」にして「一番肝心」な話でした。
よろしくお願いします。

www.mitsunorin.com

 
 
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