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絵柄は構えなくていい

 投稿者:塾長  投稿日:2010年 9月19日(日)17時28分15秒
  通報 返信・引用
  絵柄は構えなくていいんだけれど、
書道で言う入とか抜きとか
運び、跳ね、払いのような
一本の長い線の破綻しない呼吸だけは
安定したものを身につけて置く必要があると思います。
コンマ何秒毎に新しい緩急やカーブに出くわしても破綻せず線の一段落を終えられる様な。


そして、絵柄に沿うのではなく
キャッチしたもの、描かれようとしている目的自体の姿に沿って
その破綻のない筆運びをするだけでいいと思います。
そうするうちに
結果としてあなたの絵に一貫した絵柄の統一性のようなものが表れているとしたら
それが
あなたに生まれつき与えられてる「声」や「人相」の様な
あなたの「個性」なのであり「味」なのです。

「書は人なり」というように
「絵は人なり」がここにあてはまるのだと思います。

上記に
跳ね、払いのような基礎練習という話をしましたが
これは独り線のことばかりではなく面にも同じことです。

その基礎の反復練習は、丁度呼吸とか呼ぶように
身について要る必要があるでしょう。
それはギブスをはめたような不自由なことではなく
小舟の櫓をこぐのが自在になるような事です。
別の言い方をすれば乗馬で鞍上人なく鞍下馬なしというように
寧ろ筆や手綱をもう意識しなくて良いような
飲み込みの練習の事を言っているように思います。

そうしたとき
初めて見る複雑な漢字を書いても
違わず「書は人なり」で、
なるほどその人の字そのものであるでしょう。

.......

このコミュを始めてから私が書いてきたことは
そう広範囲のことではないと思います。
しかし
本来絵の道に就くべき人達皆の間に
「絵は人なり」が広く実現したとしたらどういう事が起きてくるでしょう。

そこには先ず「競争」とか「勝ち組負け組」とか言う
近代の経済社会の常識とは違ったものが
私達の絵の業界にも現出してくると思います。

就活だとかに見られるような決まった椅子の数をゲットしあう椅子取りゲームが
資本主義社会の競争原理というのは
戦後多くの人に必要だった広く公平な働き口の整理券の意味でしかなく
当時はそれが必要だったにせよ、
社会が成熟して四半世紀もたてば状況は変わります。
書は人なり、絵は人なり
と同様のことは
仕事(なりわい)は人なりにもあてはまり
そこに見えてくる新しい競争は
リクルートスーツみたいに画一的な一つの花の椅子取りゲームではなく
レンゲもスミレもぺんぺん草も
全てが出揃った欠けず余らずの花園で、
そう、似ていても少しづつ必ず違う誰かに必要な花々の資質が
如何に最善に香り合うか
発揮され合うかの
喜ばしい競争社会があります。

話が悠久なくらい間口を広げすぎましたが
「別な種類の競争」が確かにあり得るのだと私は信じています。
夢見がちかも知れませんが
奪うことにおいて優秀である様な勝ち方でなく
自分に与えられた資質をたがわず発揮することで
世の中の小さなひとすみでも
その私という資質であるからこそ照らせる一隅があって
それぞれが
「ああ、奪いあうことを仕事にせず歩いてこられて良かった」と
家族でその生業を喜び合えるようでありたいと思うのです。

絵のコミュに相応しくない話題に踏み込みそうだし、
切りがありませんのでこれくらいにします。
世にあるAタイプでもない
Bタイプでもない、
どんな絵柄を持ってこよう
画一的にはなりたくない、マネにはなりたくないというのもまた、
それらを意識している点において同じ者なのだと思います。

大衆画の道を志すものにとって
そういう焦りや強迫観念が若い頃つきまとうなら
一旦そうしたものから楽になってもらえたらと思って書いた次第です。

ということでよろしく。

http://web.mac.com/mitsunorin/

 
 
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