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絵コンテ TVCM sketchwork 1

 投稿者:PAPA  投稿日:2016年 2月19日(金)03時01分14秒
返信・引用
  https://www.youtube.com/watch?v=WvXg2clzN2g

https://www.youtube.com/watch?v=WvXg2clzN2g

 
 

santa's eye03

 投稿者:塾長メール  投稿日:2011年12月21日(水)03時57分20秒
返信・引用 編集済
  <iframe frameborder="0" height="270" src="http://www.dailymotion.com/embed/video/xn4y1y" width="480"></iframe>
BeeGees"First of May"-santa's eye03 投稿者 Mitsunori_Nakashima

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santa's eye2

 投稿者:PAPA(中島光教)メール  投稿日:2011年12月15日(木)04時56分25秒
返信・引用
 

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iPhoneのzenbrushでスライドショー

 投稿者:塾長メール  投稿日:2011年12月14日(水)13時47分57秒
返信・引用
  <投稿説明文より> 2011年11月の終り頃からiPhoneの小さな画面で、少しの休憩や、入浴時間に何となく描き始めたら大変な数になってしまいました。 この年、震災、津波の被害に遭われた方達や行動を起こして下さった方達の事を思うと、何も出来ないけれど直接指先で慰撫したいような気持ちが停まらなかったのでした。 http://www.flickr.com/photos/55704166@N02/sets/72157628163475531/ 楽曲は斉藤哲夫さんの「頭の中一杯つづく長い道」と言います。 当初公開のご許可を伺っておりましたが、斉藤哲夫さんご自身現在ご闘病中と知り、勝手な判断で公開させて頂く事にしました。 できればそのご闘病の励みにもなり、ご全快の上で「けしからん!」と言って頂く為に... 私の大切な愛すべき日本の総ての命と天才斉藤哲夫さんに捧ぐ

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ラフは描き手の地金そのもの

 投稿者:PAPA(中島光教)メール  投稿日:2011年11月 9日(水)04時22分34秒
返信・引用 編集済
  昔の描き損じやラフメモを置いてみてます。http://t.co/ADseycOy
加工もトッピングもされていない、目的に対するファーストタッチに
覆いようの無い絵描きそのものが見える所。
怖い所だけれど、クリエイターと名のつく個人も企業も
ここをハッキリ見せて行く事が一番シンプルなアピールであり相性探しと言う意味で
何はさておき先ず公開すべきwebコンテンツなのじゃないでしょうか。

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定規で描く遠近法が絶対では無い

 投稿者:塾長メール  投稿日:2011年 9月17日(土)13時39分56秒
返信・引用
  先にも一度触れた事がありますが、
漫画やアニメで、定規で描かれた和室に、何か広過ぎる様な違和感を覚えた事がないか?
と言う話、覚えて居られるでしょうか?

皆さんが漫画なんかで背景を描く時には、学校で教わったように、
一方向だけに収束する遠近法を使って描くでしょう。
しかし、そうやって描かれた景色には何か違和感がある。
今日はその話です。

今描き留めたメモ画像を見て頂けますか。
これはものすごい広角のカメラというか、引きの絵ですね。
こんな風に一地点に立つ眼から見ると四方にも天地にも収束点があります。
全方位に遠い所は遠い。
けれど、何もこんな引きの絵で無くてすら、
さっき言った和室一間の数メートルの範囲ですら何か居心地悪い、自然じゃない感じが伴うと...
まあその原因は、実際の私達の目には、世界はこの添付画像の様な見え方をしているからだと言う訳です。
もっと厳密に言えばここに地球の円さとか円い眼球二個と言う要素とかも加味されて
実際の私達の周囲の景色は視えている、そのこととの差なんですね。

しかしそんなヤヤコシイ条件総てを盛り込んだ複雑な遠近法で描けなんて、
私は皆さんに云いたくありません。
ただ、この「遠近法」すらも黄金じゃないと知っておいて頂ければ充分だと思っています。

走ってれば前傾に決まってる、
景色は遠近法に決まってる、
そうやって無数に積み上げたテンプレートから一度奇麗サッパリ自由にならなければ
絵の上達はあり得ないと思われるのです。
積み重ねたテンプレートや眼の覆いの落ちた裸眼にならねば
先ず実際の世界が見れども見えないのですから絵の上達も何も始る事すら無いと
私は思うのです。

NET上でも散策すれば山程「画力向上」とか「絵の上達」とか書かれたコンテンツがありますが、
上記の一点に気付いて先ず「裸眼に還る」事をえねば、
本当の座標のxyz(0,0,0)に立たねば、そこからどう伸びるかのベクトルも無いと思うのです。

多くの場合の「上達」法が、
結局人の顔とは「へのへのもへ」と言う描き方にあるのであって
その応用編で、「へ」「の」「へ」「の」「も」「へ」の細分応用パーツを一個でも多く仕込んで行く事を絵が上手くなる事と勘違いしたまま進められています。

本当に絵が好きな皆さん、絵を描きたいと志された皆さん、
「何か」を絵に描き出す事の素晴らしさに引かれた皆さんは、
裸眼で、埃の付かないまっ皿なレンズと胸の感光板でこの世界に立つ事から出発して頂きたい。

抽象的な話に聴こえるかも知れませんが、今日はそう言う「第一歩」にして「一番肝心」な話でした。
よろしくお願いします。 先にも一度触れた事がありますが、
漫画やアニメで、定規で描かれた和室に、何か広過ぎる様な違和感を覚えた事がないか?
と言う話、覚えて居られるでしょうか?

皆さんが漫画なんかで背景を描く時には、学校で教わったように、
一方向だけに収束する遠近法を使って描くでしょう。
しかし、そうやって描かれた景色には何か違和感がある。
今日はその話です。

今描き留めたメモ画像を見て頂けますか。
これはものすごい広角のカメラというか、引きの絵ですね。
こんな風に一地点に立つ眼から見ると四方にも天地にも収束点があります。
全方位に遠い所は遠い。
けれど、何もこんな引きの絵で無くてすら、
さっき言った和室一間の数メートルの範囲ですら何か居心地悪い、自然じゃない感じが伴うと...
まあその原因は、実際の私達の目には、世界はこの添付画像の様な見え方をしているからだと言う訳です。
もっと厳密に言えばここに地球の円さとか円い眼球二個と言う要素とかも加味されて
実際の私達の周囲の景色は視えている、そのこととの差なんですね。

しかしそんなヤヤコシイ条件総てを盛り込んだ複雑な遠近法で描けなんて、
私は皆さんに云いたくありません。
ただ、この「遠近法」すらも黄金じゃないと知っておいて頂ければ充分だと思っています。

走ってれば前傾に決まってる、
景色は遠近法に決まってる、
そうやって無数に積み上げたテンプレートから一度奇麗サッパリ自由にならなければ
絵の上達はあり得ないと思われるのです。
積み重ねたテンプレートや眼の覆いの落ちた裸眼にならねば
先ず実際の世界が見れども見えないのですから絵の上達も何も始る事すら無いと
私は思うのです。

NET上でも散策すれば山程「画力向上」とか「絵の上達」とか書かれたコンテンツがありますが、
上記の一点に気付いて先ず「裸眼に還る」事をえねば、
本当の座標のxyz(0,0,0)に立たねば、そこからどう伸びるかのベクトルも無いと思うのです。

多くの場合の「上達」法が、
結局人の顔とは「へのへのもへ」と言う描き方にあるのであって
その応用編で、「へ」「の」「へ」「の」「も」「へ」の細分応用パーツを一個でも多く仕込んで行く事を絵が上手くなる事と勘違いしたまま進められています。

本当に絵が好きな皆さん、絵を描きたいと志された皆さん、
「何か」を絵に描き出す事の素晴らしさに引かれた皆さんは、
裸眼で、埃の付かないまっ皿なレンズと胸の感光板でこの世界に立つ事から出発して頂きたい。

抽象的な話に聴こえるかも知れませんが、今日はそう言う「第一歩」にして「一番肝心」な話でした。
よろしくお願いします。

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私の場合のラフ:二本線の事

 投稿者:PAPA(中島光教)メール  投稿日:2011年 9月15日(木)01時50分33秒
返信・引用
  これは過去にやったCM絵コンテの仕事の中では珍しいケースで
相手が海外の会社でした。
自由度の高い、と言うか、先入観無く最善を探して形にする是々非々の世界でした。
パターンでなく無から映像が初めて生れて行くのに立ち会う。
当たり前なクリエイティブの仕事がそこにあって関わった全員にとって良い時間になりました。

枕が長かったですが、
これはその時のラフと本番のコンテイラストです。

ラフ
https://picasaweb.google.com/110669543850335731788/Lux_rough#slideshow/
本番
https://picasaweb.google.com/110669543850335731788/Lux?feat=flashslideshow#slideshow/

今これを見ていて、ここは伝えようかなと思った点は、
私のラフの描線は、「線が二本並列」して走ってるものが多いのに気付くでしょうか?
本番では一本迷わず走らせるのですが、ラフの段階では複数通り予行演習をしています。
本番にどちらにしようと決めている訳では無く呼吸だけ身体に覚えさせてるようです。
F1のプラクティス(予選)のラップみたいです。
勿論知らなかったものについては身体に覚えさせる段階でもありますが、
大枠そんな感じです。
これは十代の頃から変わってない様です。

この二本線の事が参考になるかどうかは分りませんが、
手の動きが見えるのも善い事かと思ってUPしました。

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デッサンについてメモ

 投稿者:PAPA(中島光教)メール  投稿日:2011年 9月15日(木)01時49分24秒
返信・引用
  皆様ご無沙汰してます。
更新もせずに済みませんが実際書く事がありませんでした。
というか、云うような事、おこがましく教える様な事では無いのじゃないか?
と言う自問自答がいつもあって
中々書けずに居たんですね。
しかし今日は「覚えておいて欲しいちょっとしたメモ」なので書き留めさせていただく事にしました。

「顔は目鼻口でなく肉体デッサンである」
「身体はデッサンで無く表情である」

と言う事です。

印象に残りやすく覚えて頂きやすくするために極端な言い方をしましたが、
詰まり肉体と顔、どちらも同じと言う事なのですね。

人の顔の表情と言うのは、自分が名優だと思ってドラマの特定シーンの
特定の場面の表情を実際してみると分りますが
頬や口周りやおでこや、無数にある筋肉や骨の、
感情による微細な筋肉コントロール、
或いはコントロールを諦めざるを得ないパートの総合が
感情を湛えた表情と言うものになってるんだと言う事。

まゆと言うアーチや瞼、口と言った輪が、
笑った印、泣いた印、怒った印になって
福笑いみたく乗っかってるのが表情なのではないと言う事は
これまでもお伝えしてきた通り。
似顔絵も、私の場合は目鼻口が描き込まれる前の土台の部分(詰まり骨格や筋肉)が
その人の感情や性格やクセで、人によって或る傾向を持って動く。
そこを描く事で本当の意味でその人に似ます。

身体のデッサンも亦構造を写真やモデルや、
だれかプロの描いた絵から覚えてきて描く事が多いと思いますが、
これも身体の福笑いパーツと同じになってはただの「肉じゅばん」。
乃至は「肉じゅばんを着たマネキン」止まりです。

これも亦、例えば人と上手くいかなかった帰りのバス停で空を見上げて
ヤスメして立ってると思ってやってみて下さい。
どちらかの骨格にもたれて脱力した部分や、キュッと緊張した部分全部で
或る「しぐさ」や「気持ちの表れ」と云う表情を成しているのが分るでしょう。
胸もおなかも指先までも、
これは頬や口や瞼と同じ表情としてあるのです。

「顔も亦身体である。」
「身体も亦表情である。」
顔を描く時、身体描く時、そうした事を是非思い出して取り組んで下さい。

解剖してしまえばそれは味も何も無いただの構造物ですが、
怒った時こことこことここを緊張させて...などと
一々指示してるのでも無く、
平均台の上を歩く時ここをらくにしてこの指をキュッと締めてと
瞬刻瞬刻指示やプログラムをしてる訳でも無く
総ては「気持ち」が繊細にコントロールしているのです。

それから、そうした事が分ってくると
描かれた肉体の絵を見て、
「これではここが動かないだろう」「ここに収縮機能がついて骨のこの位置にくくり付けられて、どの程度緊張弛緩すればこう機能するはず」と言う事も見えてくるようになります。
その想像力は、例えば架空の生物を描いた時にも生きてくるし、
つぶさに観察した事は無いけれど或る生物を急に描かざるを得なくなった時にも
大きくは間違っていない絵が描かれてくるはずです。

「顔も亦身体である。」
「身体も亦表情である。」
と上に書きましたが、それは亦言い換えると
顔である事も一度忘れ、身体である事も一度忘れ、
その都度自分が或る感情の時は?
このシチュエーションに実際あった時には?
と、
身体の内側のニューロンから自分の隅々に問いかけたり会話したり相談したりしながら
感じた事を良く試行錯誤して描いてみて下さい。
それが或る意味の、もう一つのデッサンだと思います。
それは肉じゅばんやお面の形を記憶するデッサンでは無く、
丁度サンタの優しい眼差しや表情を描こうと言う時
一所懸命同じ繊細で美しい心の微笑みの表情に自分もなろうとしながら描いてる時のような、
「耳を澄ます事を永久にやめないデッサン」
「終わりの無い成長をするデッサン」
だと思います。

シンプルな事なのですがいつも長文になってしまい済みません。
しかしながら、こうした事を再確認で書き残さねばならないのは
私達戦後日本の大衆画の先輩達の
これまでの安直な仕事のせい、敬虔さの足りなかったせいなので
どうか許していただきたく思います。
そうした長年の無反省が「笑顔とはこうすればいいんだ」
「大声で飛びかかるシルシはこうすればいいんだ」と云う
安直なパターンが遺伝的に繰り返される事に一役かってしまっています。
その事を重々反省して後進達には、

絵と言う「モノ」を描くのでは無い
漫画と言う「モノ」を描くのでは無い
イラストと言う「モノ」を描くのでも無い

「それ」を初めて紙に持ち来すのだ
「何かのために」持ち来すのだ
と言うフリーな翼として絵を頂き直して欲しいと言う願いでこの浅い考察の一文を捧げます。

私は「先生」と呼ばれるような名のある絵描きでも無い、しがない従事者の身ではありますが
多くの私達世代の先輩達が、例の遺伝的な指導を展開して来てしまっている事への
これまでの無反省にたいする自戒でもあります。

www.mitsunorin.com

 

絵柄は構えなくていい

 投稿者:塾長  投稿日:2010年 9月19日(日)17時28分15秒
返信・引用
  絵柄は構えなくていいんだけれど、
書道で言う入とか抜きとか
運び、跳ね、払いのような
一本の長い線の破綻しない呼吸だけは
安定したものを身につけて置く必要があると思います。
コンマ何秒毎に新しい緩急やカーブに出くわしても破綻せず線の一段落を終えられる様な。


そして、絵柄に沿うのではなく
キャッチしたもの、描かれようとしている目的自体の姿に沿って
その破綻のない筆運びをするだけでいいと思います。
そうするうちに
結果としてあなたの絵に一貫した絵柄の統一性のようなものが表れているとしたら
それが
あなたに生まれつき与えられてる「声」や「人相」の様な
あなたの「個性」なのであり「味」なのです。

「書は人なり」というように
「絵は人なり」がここにあてはまるのだと思います。

上記に
跳ね、払いのような基礎練習という話をしましたが
これは独り線のことばかりではなく面にも同じことです。

その基礎の反復練習は、丁度呼吸とか呼ぶように
身について要る必要があるでしょう。
それはギブスをはめたような不自由なことではなく
小舟の櫓をこぐのが自在になるような事です。
別の言い方をすれば乗馬で鞍上人なく鞍下馬なしというように
寧ろ筆や手綱をもう意識しなくて良いような
飲み込みの練習の事を言っているように思います。

そうしたとき
初めて見る複雑な漢字を書いても
違わず「書は人なり」で、
なるほどその人の字そのものであるでしょう。

.......

このコミュを始めてから私が書いてきたことは
そう広範囲のことではないと思います。
しかし
本来絵の道に就くべき人達皆の間に
「絵は人なり」が広く実現したとしたらどういう事が起きてくるでしょう。

そこには先ず「競争」とか「勝ち組負け組」とか言う
近代の経済社会の常識とは違ったものが
私達の絵の業界にも現出してくると思います。

就活だとかに見られるような決まった椅子の数をゲットしあう椅子取りゲームが
資本主義社会の競争原理というのは
戦後多くの人に必要だった広く公平な働き口の整理券の意味でしかなく
当時はそれが必要だったにせよ、
社会が成熟して四半世紀もたてば状況は変わります。
書は人なり、絵は人なり
と同様のことは
仕事(なりわい)は人なりにもあてはまり
そこに見えてくる新しい競争は
リクルートスーツみたいに画一的な一つの花の椅子取りゲームではなく
レンゲもスミレもぺんぺん草も
全てが出揃った欠けず余らずの花園で、
そう、似ていても少しづつ必ず違う誰かに必要な花々の資質が
如何に最善に香り合うか
発揮され合うかの
喜ばしい競争社会があります。

話が悠久なくらい間口を広げすぎましたが
「別な種類の競争」が確かにあり得るのだと私は信じています。
夢見がちかも知れませんが
奪うことにおいて優秀である様な勝ち方でなく
自分に与えられた資質をたがわず発揮することで
世の中の小さなひとすみでも
その私という資質であるからこそ照らせる一隅があって
それぞれが
「ああ、奪いあうことを仕事にせず歩いてこられて良かった」と
家族でその生業を喜び合えるようでありたいと思うのです。

絵のコミュに相応しくない話題に踏み込みそうだし、
切りがありませんのでこれくらいにします。
世にあるAタイプでもない
Bタイプでもない、
どんな絵柄を持ってこよう
画一的にはなりたくない、マネにはなりたくないというのもまた、
それらを意識している点において同じ者なのだと思います。

大衆画の道を志すものにとって
そういう焦りや強迫観念が若い頃つきまとうなら
一旦そうしたものから楽になってもらえたらと思って書いた次第です。

ということでよろしく。

http://web.mac.com/mitsunorin/

 

いいですねえ

 投稿者:nobo  投稿日:2010年 7月 8日(木)04時43分54秒
返信・引用
  楽しみ楽しみ!  

のぼうの城の記者発表がありました

 投稿者:塾長  投稿日:2010年 6月24日(木)02時49分53秒
返信・引用
  さっき小腹が空いて、ピザトーストを食べながらつけたMXテレビで
樋口、犬童、両監督と、主役の野村萬斎さんの記者発表の模様をオンエアしてた。

間にコンテの飛び込みとか締め切りとかに追われながら
役者さん達とのカツラ合わせのスケジュールに合わせて連日締め切りのような
大変な数のキャラクターイメージスケッチに取り組んでいいます。


撮影は夏には始まるけれど、公開は来年だとか、
皆さんも是非観に行ってください。
記者発表を観ながら私もすごく楽しみになってきました。

だって一足先にキャラ達に感情移入してるんですもん。
すごく大変なんですけどね...

海の向こうと違って予算が無いせいか、
あるいはその概念が無いせいか、
こうしたキャラクターデザインやコンセプトドローイングやストーリーボードと言ったものが、
国内ではハッキリした職責としてまだ存在していない。
でも、映画のプレ段階で本当は精緻で膨大なプレビジュアライズのポストが必要というのは、
そういうところから映画の世界に入って来られて、
これまでも絵描きさんの起用にこだわって来られた樋口監督だから感じて居られることで、
そのお陰で
イレギュラーな形だけど、
急に呼ばれたピンチヒッターみたいなお声掛かりもあったわけで...
出来ることは僅かであるにせよ
この「職責の定着」を第一に願って
時間やお金に関係なく尽力したいと思って頑張ってます。

http://web.mac.com/mitsunorin/

 

デッサンと解剖学

 投稿者:塾長  投稿日:2010年 5月 8日(土)19時48分11秒
返信・引用
  デッサンで、よく解剖学とか言いますが、
別に本当に解剖学やるという事でも無いと思うんですよね。
しかし、ここがこう動くにはこういう筋肉がここに必要で、こう緊張する必要があるだろうと想像して描く事は、
かなり正しい結果になる気がします。
見た事の無い生物でも、それを考えて描くのがイイと思いますね。
勿論それを考えない人体も、ただの肉じゅばんになってしまい、
心の表現である身体の表情がウソになってしまいますからね。
 

Re: デッサンへの危惧(14)

 投稿者:ASさん(塾長代筆)  投稿日:2010年 5月 7日(金)01時29分56秒
返信・引用
  > No.598[元記事へ]

>絵の仕事では支えきれなかったので勢い肉体労働に走りました。

遅れて来た”天才”

じゃあ、いまから残りの人生目いっぱい稼いで下さい。

近いうち、一度電話します。

http://web.mac.com/mitsunorin/

 

Re: デッサンへの危惧(13)

 投稿者:塾長  投稿日:2010年 5月 7日(金)01時26分49秒
返信・引用 編集済
  > No.597[元記事へ]

ASさん(塾長代筆)さんへのお返事です。

その仕事是非頑張って下さいよ。
実はトレース等というのもまたモロに力量の出るものだと思います。
自分の技量への信頼度が半端なウチはかえって「トレースのみ」といえません。
全く分ってない人か、じゅうじゅう分ってる人かどちらかでしょうね。

私の若い頃のキャリアについてですが、
事情あって二十代はある家の父親代わりで兎も角働く必要があったので。
絵の仕事では支えきれなかったので勢い肉体労働に走りました。

遅れてきちゃったと言われる通り、本当に40過ぎてからの絵描きです。

http://web.mac.com/mitsunorin/

 

Re: デッサンへの危惧(12)

 投稿者:ASさん(塾長代筆)  投稿日:2010年 5月 7日(金)01時25分12秒
返信・引用 編集済
  > No.596[元記事へ]

塾長さんへのお返事です。

う~~ん
30分と2時間の差ですか~

しかも一発!

私は3回はトレースし直します。
確かに、イメージが湧いて乗ってる時は線が早くまたきれいですよね。

PAPAさんは、イメージが浮かぶとても稀な才能の持ち主と思います。
いままで巡り会った中で、すごい人は1、2人いますが、又タイプが違う天才だと思います。もっと早くにやってて欲しかった。ジーパン屋さんとかは、なんで勤務してたんですか?宣伝部ですか?

多くのイラストレータと名乗ってる他の人はねえ?? いや批判はやめとこ。

あるところから、「パースを描かせたんだが、人物画描けないので新たに頼みたい」という、
『ネットでイラストレーターを沢山探したが、だれも起こしが出来ない。あなた出来ますか?」というので、『トレースするのみ」といいましたら、上司と相談したらしく10分後にまた電話で、『写真はこちらで撮りますので、10人ほど描いてもらう事は出来るか?」との電話。
「それなら出来ます」と言ったが、はたしてどこまで用意するか??
半分は「起こし」かもしれない。舞子さんだのスキーやだの言っていた。
その件で10日に依頼者に会いに東銀座まで言ってきますが。

こんな需要は潜在的に多いと思う。なんせ誰も起こせないんだから。『まる写し」はいるでしょう。昔の映画看板は、写して描いたんだから。

イメージ力のトレーニングが出来れば、毎日でもやりたいです。

http://web.mac.com/mitsunorin/

 

Re: デッサンへの危惧(11)

 投稿者:塾長  投稿日:2010年 5月 7日(金)01時21分58秒
返信・引用 編集済
  > No.595[元記事へ]

一つにはインクの滲みのスピード、乾燥のスピード等の条件もあるので、
生きた線、生きた面でサラッと描くには否応なく早くならざるを得ないと言う事もあります。
主線は、エンピツ線も含めて、
緩急に情報を籠めた一本線で描くには一期一会の線で、
本数が少ない分早くならざるを得ないと言う事がありますね。

http://web.mac.com/mitsunorin/

 

Re: デッサンへの危惧(10)

 投稿者:ASさん(塾長代筆)  投稿日:2010年 5月 7日(金)01時19分46秒
返信・引用 編集済
  > No.593[元記事へ]

塾長さんへのお返事です。

PAPAさん、おはようございます。
いろんな仕事がまだ続いています。

PAPAさんの作業で、決定的にすごい所は「そらんじて起こせる」「色塗りで光の方向を考え、1部白く残す」の大きな2点に感じます。
私は最初べた塗りにしてしまいますが、3回調で表現するのが見やすくヌメヌメしない結果になりますね。こっちはなんとか出来そうです。

で、http://homepage.mac.com/mitsunorin/e-conte/PhotoAlbum118.html
の01で何回トレースで最後の線(マービー)が仕上がりますか?

http://web.mac.com/mitsunorin/iWeb/illustrator/trivia01-02.html
の2番目のsteal.jpg などは如何ですか?
こういうポーズはなど、私なんぞ何回やっても仕上がりません。ギブアップ
時代考証も感服です。

線画を仕上げる迄を時間にするとそれぞれどのぐらいでしょう?

私は、起こしに長い時間がかかって
http://www.uriage-up.cc/rensyu4-29/
にある模写は1~2時間強ですが,起こしからやると現状その倍くらい掛かってしまいます。
これを短縮したいというのが、今の最大の課題です。
はやく「イメージするコツ」など有りましたら・・。
描きまくるしか無いとは思いますが

どうぞよろしくご教授下さい。

http://web.mac.com/mitsunorin/

 

ここまでの記事はいづれ...

 投稿者:塾長  投稿日:2010年 5月 4日(火)05時28分55秒
返信・引用 編集済
  下記の一連のテーマ(デッサンへの危惧)については
時間のある時に、上のテーマスレの方に転載して残します。
 

Re: デッサンへの危惧(9)

 投稿者:塾長  投稿日:2010年 5月 4日(火)05時21分58秒
返信・引用 編集済
  > No.592[元記事へ]

上記(↓)の事でまた、
過去にトピックを立ててピックアップした「伊藤彦造」のペン画の斜線の入れ方の事も、
「一本の長い線」の事も、
「C字線よりもS字線」「更にE字線」と言う事も、
ほとんど全てのトピックの題材が皆繋がった一つの事だという事が分かってくるのじゃないでしょうか?

私は、私たちの中から「絵をかかしむる一なるもの(共通にして唯一のもの、しかも夫々に備わった独自のもの※註)」を色んな角度から書こうと試みていているだけなのです。

上記(↓)の(※註)については矛盾して聞こえるだろうし、難解過ぎると思いますが、将来いずれ氷解する様に説明する事にします。
 

Re: デッサンへの危惧(8)

 投稿者:塾長  投稿日:2010年 5月 4日(火)05時20分56秒
返信・引用 編集済
  > No.591[元記事へ]

これは、「明日のために~その4」と言っても良いかもしれませんが
一つ皆さんにご提案です。

デッサンの時、(デッサンに限らずですが)
一つ提案と言うか、禁止したい事があります。

・目的の無い線
・情報を持たない線
それはつまり、クロスハッチング等、何故その方向に?か、説明の付かない線

これら一切禁止。

と言う条件をつけて描いてみる事をお勧めします。

と言うか、慣れなくてもそうしないと、
上記の甘えた線を自分に許す間は絵の向上の意思が無い物と見なします。
要らないものですからやめましょう。

強い陰影を描きたい時は強く描けばいい。
ただし主線を描くも陰影を描くも、全て同じ、
方向にも強弱にも、意味を持って「描く」線でなければならない。

意味を持って走らせたけど、失敗した線があっても良い。
もう一度その線を目安に本来の線をその上から描く。
すると、失敗した線も意味や情報を添える伏線になってそこに残る。

それであってこそ身になります。

今日のデッサンをこなしたいだけならこの試みは無視してよし。
慣れたら、それが普通になって、今までの無駄な「矢」は要らないと分かります。

その緊張感はガチガチなのではなくピリピリです。
段々そのピリピリが、
補助輪無しの自転車に乗る事、
描線から補助輪を外す事と分かると同時に
絵を描くと言う事と常に伴にある爽快味だと分かるようになります。

↓のJさんへのお返事にはなっていませんが
さっきふと思いをよぎっていた事を、良いタイミングだと思うので記しておきました。

よろしく。
 

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