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フジモト芽子(マイコ)さん

 投稿者:塾長  投稿日:2010年 2月 6日(土)15時14分13秒
返信・引用 編集済
  ブログ「イラストレーターの輪」
http://blog.livedoor.jp/hmgpapa/
今年に入ってから既に6名様のリレーが繋がってますが、
このイラストレーターさんご自身による
テレフォンショッキング式の紳士淑女録、
100名の大台までほぼカウントダウン状態の097番まで行きました。

ここの96番目の「フジモト芽子(まいこ)」さんとやり取りをしていたのですが
彼女は直木賞作家の藤本義一さんがお父さんなんですね。
素晴らしい感性でありながらまだホームページも製作中で、
現成の唯一の通信手段がケータイメールでした。

しかし快活な良いお嬢さんで、自己紹介文がまた興味深かった。
以下はその写し...

ライフワークは 小さい頃何度も夢で見た 大きな岩の島の風景を創作しながら
思い出し表現すること。何かわからないけど 自分のカギがそこにあるような気がします。(子供のころを思い出すと紹介文でかいてくださったロケット画伯!もしかして同じ夢の島におられたかもです!)

....以上
 

続き

 投稿者:塾長  投稿日:2010年 1月25日(月)21時50分58秒
返信・引用 編集済
  芭蕉の後にいるのは
奥の細道で芭蕉のおともをつとめた河合曽良で、
この人の墓は私の郷里の島にあり、
大好きだった恩師のご自宅の裏山辺りにあったため
少年時代に恩師に連れられてお参りした事がある。

「はるにわれ こじきやめても つくしかな」

乞食と言うのは、芭蕉と二人連れの托鉢の旅の事で、
旅に煩った時に
晩節は想い出深いあの美しかった筑紫の島で終えたい
という願いを詠んだ曽良のうただ。

その様に彼は晩年を壱岐ですごし
その生涯をとじたのだとか...

そういうのも真面目そうな横顔のシルエットと
夕焼けに手を合わすところにチョットだけ籠めた。
 

ラストだからこそそっけなく?

 投稿者:塾長  投稿日:2010年 1月25日(月)15時25分33秒
返信・引用
  ...と言う様な、何か意味あり気な深い考えじゃないんだけど、

最終回の今回何故かメールの行き違いで、
連載伝記読み物の原稿が入稿予定だった(らしい)今日まで届いてなかった。
さっき原稿を送ってもらって読み終えたところ。

入稿は29日で良いですよと言う事だったが、
当分立て込む公算が強いので今日やってしまおうとしている。

テーマは「松尾芭蕉」。

構図は何とか心に浮かんだが、
時間の事ばかりでなく、深追いすると何となく筆を置きそびれて
しつこい絵になりそうな気もした。
実際、この線画の前のものは、サラサラと書いたつもりだがそれでも
「深追い」な感じがして紙をあらためた。

描かなさすぎじゃないの?
いや、いい。
今回は殆ど逆光のシルエットばかりで描こう。
深い考えは無いが、
ラスト仕事は逆にあっけない位に手放した方がいいかもしれない。
そんな気がした。
 

前の日記を受けて(2)〜【一沈】さん

 投稿者:塾長  投稿日:2009年12月 8日(火)12時09分15秒
返信・引用
  これは、2つ前の日記(これはmixiからの転載です)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1357830161&owner_id=127930
の、【一沈】さんの書込を受けての新しい日記です。
コメントへのレスポンスにしては長くて大きいテーマになりそうだったので...

【一沈】さん
同じように、大の大人のアーティスト達が子鹿のスケッチから取り組む「バンビ」の制作風景もありましたよね。

私はこれから書くような日記は、
たまに書かずにおれない気持になるけど、
まるで我が侭な愚痴にしか聴こえないだろうと思うから何時も憚られて
結局書かずに来てしまうのです。
でも一二度は日記やコミュで書いたと思います。

赤塚不二夫が生前「自分を最低と思うんだよ」と口にしているシーンを
最近二度TVで見ました。
あの言葉は、己を低うして言ってる謙虚な言葉だと思われるでしょうか?
実は私もよくよくのケースで同じ事を思ったりするんです。
その真意は傲慢きわまりなく聴こえる自信過剰っぽい言葉なんですよ。
私には天才赤塚の自任あってこそ云える言葉に聴こえました。
「本当は、私くらいでプロとしては失格か否かの最低レベルなんだ」と言う言い回しなんです。
「皆最低この最低ライン位は越えた上で漫画がどうのこうのの話しようよ」と言う...
「自分程度なんか最低ラインでなくてどうする」と言う願いと言うべきか?

そう言うのは、子供時代にその「ディズニー」の啓蒙も見てるせいです。
勿論自分を最高だなんて思わないけれど、
そう言う大人の本当の仕事(ディズニー、ロックウェル、サンドブロム、エルブグレン)を見て知って絵描きになってるし、
そう言う土俵だと思うから際限なく自分の天井も突き破ってヒイヒイ頑張ってきてるのに、皆ナアナアで済ませあって、誰も本気で来てやしない、
今の日本のそんなレベルが「子供の時ディズニーで見て知った大人の仕事の土俵か!?」と言うね...
(もちろん尊敬すべきプロは何人も居ますが、そのフィールドが業界と言うフィールドと一致してるかどうかは別なんです)

ね、
すごく傲慢な、と言う反応をする人が多いでしょう。
私は子供の頃そう言うものを大人の仕事レベルと言う敬意をもって
漫画家になりたいと志しましたが
いつしか漫画の世界も
大人まで巻き込んだナアナアレベルの漫画時代になった。
イガグリ坊主詰め襟の学生服の私は、
「もう自分の進むべき道では無くなった」ので漫画と言う道は断念せざるを得ませんでした。
あの「宇宙戦艦ヤマト」だのが「バンビ」のフィールドといえてるか?
日本のカリスマ達のアニメが本当に『レミーのおいしいレストラン』や『カンフー・パンダ』と同じ大人の仕事のフィールドと言えてるか?
イラストや漫画やアニメのカリスマ達の仕事が『メアリー・ブレア』と同じ大人の仕事の土俵に立ててるか?

今日日本の漫画産業、アニメ産業は世界に冠たるもので、と言われるけれど、
それは表現媒体としての発達や、独自の記号化、文化シェアの発展への敬意や物珍しさへの敬意や、エキゾチズムへの憧れではあっても
先のディズニー以来のアート面での敬意では、まだ無い気がします。
日本人皆が思うほど日本の漫画アートの絵はクオリティー高くは無い、と私は感じてます。

嘗てビートルズの名前が躍って、坂本九のすき焼きソングが旋風を巻き起こした
「ビルボードHOT100」と「オリコン」が同じフィールドではないのと好一対だと思うのですが、
この事は言うと必ず批判の声の方が99%になってしまうと思います。

以前自分の絵のコミュで
「天井」を取っ払うと言う事
と言うトピを起ち上げた事もありますが
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=3737363&comm_id=288884
http://6311.teacup.com/papa/bbs/t12/l50
これが絵の仕事の世界の青天井だと思ってる空を
何度でも何度でも張りぼての天井と見破って突き破らないとそのフィールドまで来られない。

現にそのフィールドレベルでディズニー達は推移してる。
サンドブロムは!エルブグレンは!ロックウェルは!...
先に平山郁夫画伯の日記やマイケル・ジャクソンの日記も書いたけれど、
大人の仕事ってそう言うフィールドじゃないのかしら...と思う。

自分でこれ位が一杯一杯かと思ってもやはりもっと上のレベルがあって
「いや、人間にはもっと出来るはず」と
何度でもご破算で願いましてはをする。

天井の突き破り方、張りぼて青空の突き抜け体験と言うのは
例えばこうです。
ーーー目の前の紙への集中が極まって気絶したのかと言う感じで記憶が飛んでしまう(前後不覚、前後裁断の世界に突き抜けて出てしまう)事がある。
丁度虫眼鏡の光が紙を焦して突き破って向うの広い天地に出てしまう。

そんな感じで今青空天井と思っているレベルを突き抜ける事が出来ます。
それでもまだ届かないレベルで現にプロの世界は推移してるのだから
(メアリー・ブレアは、ロックウェルは、マックス・フライシャーは...)
それを
何度でも何度でも空を張りぼてと見破って突き抜ける。
「人間にはもっと描けるはず」と頑張る。

それでもそれでも...
自分は最低レベルなんです...

赤塚の
『自分が最低なんだ』
と言う言葉。
それは
あの土俵で最低限皆勝負しようよと言う言葉に聴こえるんですよ。

でないと私は
やはり子供たちに大人として恥ずかしいんです。
昭和三十年代にTVから流れてきた「ディズニーランド」の中の
大人の仕事と言うものを見ちゃったんだから
そりゃあもう仕方ないと思います。

それ位のインパクトと、尊敬にあたうものが「大人の仕事というもの」だったのです。
今日もある打合せに行きますが
幾つになっても、視力が情けないくらい衰えても
そう言う「尊敬すべき仕事場」に臨む気持で行きたいとは
何時も思ってるんです。
「できない」を理由にしたくない。
何時も自分に「人にはもっと出来るはず」と言いたい。

※しかし悲しいかな
視力体力は歳とともに衰えて、
日々の仕事のどこかしらには「これ位でまあいいか」が
少しづつすこしづつ忍び込んできています。

張りぼて青空天井の際限ない突き破りは
本当に、若い内ほど、前途ある青年ほど
果敢にやって欲しいと
本気で願う今日この頃の「ご年配」なのでした。
 

storyboard(1)

 投稿者:塾長  投稿日:2009年10月26日(月)11時58分56秒
返信・引用 編集済
  皆様、
本当に長い事放っておいてご免なさいね。
その間、皆様と同様このご時世の例に漏れず
私も人生の荒波にドンブラコッコ揺られておりました訳で

それでも嵐の大海のまっただ中に
この小舟を繋げる無人島にたどり着き
やっと今停泊出来た様な感じでしょうか?

さて、今日久し振りにトピを起ち上げましたのは
ある海外の相手向けに急きょ構えようとしているwebポートフォリオの一部なんですが
ちょっと見て頂けますでしょうか?
国内に居てこう言う感じの仕事に中るのは非常にレアなケースだと思います。
しかし
このコミュで過去に触れてきた多くの「フリーハンドの心得」が
瞬時瞬時の「選択」「判断」「機転」や「インスパイア」、「冴え」....
と言ったものに多く関係している事がかいま見える
珍しいサンプルになってるかも知れないと思えたからでした。

これは、国内的に云えば「CM絵コンテ/モノクロ」というカテゴリーですが
恐らくほとんどの国内のCM絵コンテの作業とは「何かが」違ったものになって居ると思います。
広義ではこちらの方が「storyboard」の常識に近いものになっていると思います。
http://web.mac.com/mitsunorin/iWeb/m/lux_files/slideshow.html

まあ、前置きはこれ位にして
後の事はレスで皆様とやり取り出来ますようなら
そちらで亦....


と言う事で宜しくお願いします。
 

参考に

 投稿者:塾長  投稿日:2009年 6月14日(日)10時31分12秒
返信・引用
  以下は2007年に描いた日記の写しです。
何か参考になれば。

初めてあふれるもの    2007年06月06日22:13



今ここに咲く薄紫も、淡いライムを含んだ清純な白も、
目に映るありとあらゆる色が全て、
普段視界からは忘れ去られて遥か上に照る太陽の無色の光を材料に
この花が湛えたものである。
色を創造するものは何色と言う色の名を知らない。

創造する唯一のものは、創造されざるもののみである。

愛と呼ばれるものそのものは、そんな名前も愛し方と言う知識も知らない。
今湧き出し描かれる直前の美は描き方を知らない。

みな、言葉にも、概念にも、形にも、名前にもなった事がない
それだけが創造するものである。

時間も言語もない場所に「ミチ」たものが溢れて初めて形と顕れる。
それが絵
それが愛
それが生命
それが真理

絵に関わる仕事の組織の中にあった時、
理路整然と、妥当な言葉で語る上司に、ふと感じた違和感は、
言語中枢が去った時に始めて私達が立っている場所からしか汲んでこられないものを
始めて紙の上に顕す作業の話なのに、あまりに言語であったためだった。

私の描き方
私の愛し方
私の生き方、
私とは
私の信じる道

もっと良い描き方
もっと良い愛し方
もっと良い生き方
もっと良い自分
もっと良い道

その選択肢に並べたどの言葉もどの名前も
既に創造されたものは、創造するものではない

そうしたものを皆忘れ
本来溢れている無形のものを
われを忘れた時向う何かのために
行動や形に顕すとき
そこに「創造」があり「美」が自らそなわる。

創造する唯一の力=創造主は認識されざるもの
認識された物の内のよりすぐりでも、全てを併せたものでもない。
絵も
愛も
生命も
人生も
道も

占いや
より賢い選択や
誰よりまさった入手物の中には無い

生命や道そのものは
生き方なんて知らない。
絵そのものは描き方を知らない。
愛そのものは愛し方なんて知らない。

初めてただ顕れ
初めてただ溢れ

私のために貴方のために
咲ける小さなる物の可憐な色よ...

全ての本当のあらわれは
みな胸を突いて初めて来た
それは必ず何かを忘れてる瞬間に

活き活きと今生きたるものよ

本当に顕れるのは必ず「今」はじめて
 

Re: こんなのどうでしょう

 投稿者:塾長  投稿日:2009年 6月13日(土)21時22分26秒
返信・引用
  > No.558[元記事へ]

見学者さんへのお返事です。

> はじめまして、畑違いの見学者です。突然割り込みまして恐縮です。
> 塾長の「そらんじて、早描き」を意識しまして私も暇つぶしに描いてみました。
> こういうものは、じっくり描いても嫌みが出るだけでサラッと落書き程度がいいですね。
>
> 私も絵が好きでこういう絵で飯を食いたかったですが、日本では無理でしょうね。外国を知りませんが・・
> いや、ここでお邪魔をするつもりではありません。削除頂いても構いません。

いえいえ、ようこそお越しを。
見学者さんの近所に後輩が住んでますけど、ふと思い出してました。
そらんじたり、少しでも長い線で描いたりは、
その段階で絵が破綻しても何でも構わないんですよ。
纏める為に普段使うココロや頭に溜まってるツールが外れてしまって
絵柄は壊れてしまっても良いという腹が据わるところから
この道の本番がはじまると言う様な話なのです。

非常に熟練されてこられた絵と拝察いたしました。

そうですねえ....
今のご時世もご時世で、中々絵描きの仕事も難しいですよね。
むしろ画力や機転があればあるほど
世のボリュームゾーンからは「異端」の立場になってしまう分
還って難儀な仕事になったりも有りがちです。
しかし
絵描きとしての基礎体力はいくらあっても良いと思います。
無くてはやはり自分を信じて生涯続けられませんものね。

頑張って下さいませ。
 

こんなのどうでしょう

 投稿者:見学者  投稿日:2009年 6月13日(土)16時02分59秒
返信・引用
  はじめまして、畑違いの見学者です。突然割り込みまして恐縮です。
塾長の「そらんじて、早描き」を意識しまして私も暇つぶしに描いてみました。
こういうものは、じっくり描いても嫌みが出るだけでサラッと落書き程度がいいですね。

私も絵が好きでこういう絵で飯を食いたかったですが、日本では無理でしょうね。外国を知りませんが・・
いや、ここでお邪魔をするつもりではありません。削除頂いても構いません。
 

何をか....

 投稿者:塾長  投稿日:2009年 6月12日(金)12時00分55秒
返信・引用 編集済
  因に↓この写真の仕事の注文内容が
「池上遼一クオリティーでお友達価格で」なんですって。
まったくもうって....

まあ、旧知なので遠慮なくキャッチボール出来る点が救いです。
最近ことごとくそんな感じです。
同業さん、皆負けずに頑張ってね。
 

挿し絵、漫画、CMコンテ、プチ連動

 投稿者:塾長  投稿日:2009年 6月12日(金)11時59分24秒
返信・引用
  昨日電話で来たコンテの仕事は結局立ち消えになったが、
その時のテーマが「猫」メインと言う事だった。
何かサンプルあったら集めといてもらえますかと言うので、
つい先日までやってた猫がそのまま活きた。
予行演習も済んでますし、と言ったら笑ってた。

で、その話が立ち消えになった後、明日入る事になったコンテの仕事は
「侍」モチーフなんだとか。
たまたま週末にかけてやってる漫画が時代物。

こんな風に予告編っぽい繋がり方ってチョクチョクあるんですよね。
細い糸でも、そう言う何かを手繰ってたりするから
仕事ってほんと
やってみないと分らないもんだと思いますね。
 

「イラストレーターの輪」069.やまぞえみよさん

 投稿者:塾長  投稿日:2009年 6月12日(金)11時56分42秒
返信・引用
  私の主催させて頂いているイラストレーターさんのリンクblog「イラストレーターの輪」
http://blog.livedoor.jp/hmgpapa/

「イラストレーター」でGoogle検索すると
丁度40位で出て来るようになりましたね。
「イラストレーター+油彩」とかのカテゴリーを含めて検索すると
大体10位以内で来る事は多くなってたんですが、
「イラストレーター」単独でもジンワリジンワリ....ですね。

今回も忙しいのと、幾つか手違いもあって間が空いてしまいましたが
チンタラしながら069番目を数えました。

068.吉實恵さんが今回ご紹介下さったのは「やまぞえみよ」さん。
吉實さんのご紹介文を読んで驚いたんですが
やまぞえさんの作品は「ミシンによる刺繍」で描かれているんだそうです。
...なんとまあ....
ほんとにイラストと言うものはお一人お一人の貴重な、孤独な研鑽の賜物なんですね。

※最近mixiオープンIDとかとの連動で、コメント一つ入れるにも
ログインとか煩わしくなってしまいましたが、
吉實さんの記事への【一沈】さんのコメント、ありがとうございます。
吉實さんにも「コメント入ってます」のお報せをしておきました。

さて私は今、この週明けにかけて漫画とコンテのタイムトライアル状態です。
その間隙をぬってブログ更新したところ、

街の書店で日本の優秀なイラストレーターさんの特集本なんかを見ると
当ブログに名を連ねて下さった方々が軒並み取り上げられる様になって居ます。
当ブログで初めて一般の目に触れる方もあるかも知れませんが、
この貴重なお一人お一人の研鑽の集積が、
良きものが良きものとされる正常なフィールド作りや
イラストレーターと言う仕事が社会的認知の上で
あるべき位置に置かれる一助となればと言う願いで進めて居ます。
忙しいさなかでもサボれませんよね。

ご協力頂いている皆様、改めてこの場でお礼申し上げます。
ありがとうございます。
 

"Honesty"「人生への誠実」の結晶

 投稿者:塾長  投稿日:2009年 4月22日(水)19時40分42秒
返信・引用
  マイミクのeliyaさんがメッセージで教えてくれて、
マイミクのいしかわじゅんさんが日記にupして下さってたので
私は何時か日記に書いた
オペラ歌手「ポール・ポッツさんの奇跡」以来の、
痛快な映像を再度観る事が出来た。
生憎、動画は「リクエストによる埋め込み禁止」になっているので
↓からアクセスして下さい。

歌は心【完全版】/スーザン・ボイル──Susan Boyle(日本語字幕)
http://www.youtube.com/watch?v=1t8m7CkpIK0&fmt=18

私の個人的な、経験上の格言で
「独自だけが普遍に到る」
というのがある。
普遍的なものは必ず、全員が無視する例外や独自であった者だけが穿ちいる。
後の世の常識はそうした異端者の孤独の旅の成果が受け売りされたものばかりだ。
孤独の旅人の代表的な例は、磔にあったり断罪されたりもしているが
大なり小なり、彼らを突き動かすものは
横並びの安心ヒエラルキーでの場所とりがそうさせたのではない事だけ
確かな事だ。

人と生まれたら大切な時間を
「自分の生まれ落ちた道への誠実」に生き抜きたいものだとの思いを
こうした映像を観る度に強くさせられる。

そうした孤独の旅人の「孤独の誠実の結晶」がこのように美しいのだと思う。

そう言う訳で、併せてこれも聴きたくなった。

Honesty 訳詞付 - Billy Joel
http://www.youtube.com/watch?v=mwIZreVcl34&fmt=18


自分の独自の旅に敬虔で、誠実であろうとする総ての塾生の皆さんの孤独な夜に
いつかタイガーが訪れるように。
当塾の願いは何時もそこにあります。
皆さん負けずに歩き続けて下さい。

こうした動画に事寄せての私の祈りです。
 

あ、出て来た出て来た!

 投稿者:塾長(転載)  投稿日:2009年 4月10日(金)18時17分16秒
返信・引用
  Googleで、
「caricature+人名」で検索かけると
出て来た出て来た!

例えば、
「caricature baggio」とか
「caricature ken watanabe」とか
「caricature Zidane」とか....

ね、出たでしょう?

"Caricature Show"
http://caricatureshow.blogspot.com/

Yahooではまだみたいだ...
でもこれでナンとか「存在に入った」と言う感じです。
ホッ。。

※これで画像の方でも出て来るようになれば一層嬉しいんだけどね。
でもまあ、立ち上げて一週間だからね。
描きためてジックリ行くか...
 

英語ブログのお陰で

 投稿者:塾長  投稿日:2009年 4月 5日(日)04時44分38秒
返信・引用
  先日立ち上げたばかりの英語ブログ
caricature show
http://caricatureshow.blogspot.com/

似顔絵のブログなんだけど、海外から観て分りそうなネタはすぐ底を突く。
と言うのは、私が似顔絵を画くケースは大変まれで、
そう言うレアなケースの仕事の範囲で、ほんとにタマーに画く程度だからです。
昔ならフィギュアデザインの元絵の仕事は比較的頻繁にあったんだけど、
今は珍しい。

とは言え、今後継続的に描きためて行きたい望みも有って
先ずは尻に火をつけて立ち上げたような次第です。
去年宣言しちゃったし、
今後ムービースターや映画のシーンをこんな感じで
画いてみたい希望もあって...

しかし、
それがきっかけになって
暫く音信が途絶えていた海外の同業さんと
久し振りのメールのやり取りが出来て
ここ二三日楽しい、懐かしい思いが出来ました。
やっぱり好きな絵描き同士の交流って
言語を超えて嬉しいものです。
相手さんは、以下のお二人さんでした。
どちらも素晴らしい絵描きさんなので、
良かったらwebサイトを覗いて観てください。
■Zach Trenholmさん
http://www.zachtrenholm.com/
■Denis Gouletさん
http://www.denis-goulet.com/

ね、最高でしょ?

http://caricatureshow.blogspot.com/

 

英語の似顔絵Blog始めてみました。

 投稿者:塾長  投稿日:2009年 4月 2日(木)23時38分10秒
返信・引用 編集済
  "Caricature Show"
http://caricatureshow.blogspot.com/
比較的分りやすいこのタイトルでOKだそうで、
幸先良かった。

英語でやろうとしてるもので分んない事が一杯だけど、
シコシコ構築して行こうと思います。

先ずは古いのからのっけてって、
いづれハリウッド・スターなんかUPして行けたらと思っています。
似顔絵なんかは多分あんまり言葉も要らないで伝わると思うんですよね...

http://caricatureshow.blogspot.com/

 

下記抜粋記事は...

 投稿者:塾長  投稿日:2009年 3月27日(金)11時13分31秒
返信・引用
  下記抜粋記事は
絵に於ける「見る」に関する話なのですが
どことなく人生や精神修養上の「正しく見る」についての話と
一脈通ずるものがあって、
別な観点からも興味深いやり取りになっている事に気づかされます。
 

#16「自由質問箱」より抜粋(4)

 投稿者:塾長(転載)  投稿日:2009年 3月27日(金)11時08分51秒
返信・引用 編集済
        16 2006年07月27日 16:54 Aさん

    おおおおお
    丁寧かつ内容の濃い回答ありがとうございます!
    MKさん、HMさんもありがとうございます!
    おぼろげながら解りそうです。

    とりあえず、自分の「心の原版」の場所を探して意識し、
    より鮮明に、より大きく、より長時間、描きたい物を
    映して(うつして)おけるように頑張る感じですね!

    やってみます!
    今のこの質問ページを保存して 毎日読みながら、
    しばらくの間「心の原版」を意識する事に励んでみます。
    質問して良かった! どうもありがとうございました。

    たぶん自分の「原版」はまだ「洗面器に張った水」と同じくらいで、
    人間の顔くらいの面積の絵を映し、すぐ揺らいで消えてしまう
    のだと思います。 どこまで育てられるか勝負! ですね。

      17 2006年07月27日 17:05 Aさん

    報告:
    とりあえず、昨日より格段に描きやすくなりました!
    昨日は「心」を通さず、いきなり紙を意識して「描こう、描こう」
    としていたため何も描けず愕然だったのですが、だいぶマシに!

    ヘタですが、ヘタだからこそ、頑張ります!

...以上 PAPA責任抜粋
 

#16「自由質問箱」より抜粋(3)

 投稿者:塾長(転載)  投稿日:2009年 3月27日(金)11時02分26秒
返信・引用 編集済
  10 2006年07月27日 12:18 MK

    面白い話ですね〜。
    ぼくはデッサンとかはちゃんとしたことがありませんが
    絵を描くときは、いつもココロの中でまず描いて
    それを紙に軽く落とし、そこで構図だけとって
    パソコンへ向かいます。
    ココロの中でしっかりカタチが創れていないと
    きちんと表に出てこない気がしています。
    きっとデッサンとかでも同じなんでしょうね。
    塾長さんの話、とても同感しましたので
    うれしく思い書き込んでみました。

11 2006年07月27日 12:25 PAPA

    MKさん

    書き込み有り難うございます。
    そうですね...私達は、最初は立つ、歩くも中々ママならない子供の時代
    (つまりこれはインプットに多くの時間をとられてる期間)を経て、
    今では色んな作業がオートマティックになって、早くなって、

    このインプット、アウトプットの2行程の時間が非常に短縮されているために、
    普段殆ど1行程見たいな感覚になって、忘れてるだけなんですね。

    ただ、私達は大きくなってからこの難物の「絵」に取り組んで居る訳で、
    ここでは一度自分のプロセスを端折らないで意識し直してみるのは、
    当然必要なのかもしれません。

12 2006年07月27日 12:32 HMさん

    見る>貯める>描く。の繰り返しですねぇ。
    どれぐらい貯めるか。どのように貯めるか。何を貯めるか。
    技術以外のそういった部分で、個性は大きく左右されるのでしょうね。
    たくさん意識して見ることで貯まるものと。たくさん描くことで貯まるもの。
    両方を、欲張りに蓄積して行きたいであります!

13 2006年07月27日 12:51 PAPA

    HMさん

    HMさんの言葉であらためて思いましたが、
    上記の2行程は、見る>貯める>だけでも単独で
    生活中でやって行けるんですよね。

    HMさんって、言葉がイイ。
    それは絵にとってもプラスする資質じゃないでしょうかね。

    上記2行程のどちらでもない、「真ん中に留まってる」時間と言うのもあるからです。
    イイコトバの人は、きっと真ん中を利用しやすく「練る」力も出来てくるはずです。

    ...中略...

14 2006年07月27日 13:22 PAPA

    更に雑記として

    「対象物」←→「心の原版」←→「紙」の、
    「対象物」←→「心の原版」で、対象物とこころ、
    「心の原版」←→「紙」で、こころと紙、或いは筆を含め、
    その2者が渾然と一つになって不可分になってる状態が、
    人にはあります。

    その状態を「没頭」とか「没入」とか言うんですが、

    何時も、その「一体になり得る」のは心、真ん中、私、を通してなんですね。

...続く
 

#16「自由質問箱」より抜粋(2)

 投稿者:塾長(転載)  投稿日:2009年 3月27日(金)10時56分32秒
返信・引用 編集済
  8 2006年07月27日 11:57 PAPA

    補足

    ↑の終わりの方の「間隔の事なので」と言う一文は
    「感覚の事なので」の間違いです。失敬

    見て描くのは、対象直ではなく、
    一旦感光させた心の原版を見て描くのです。
    対象と紙を往復する様な心ではありません。

    「見て」「描く」は、意識(目線)が「紙」←→「対象物」の往復と思われがちですが、
    行程としては実は
    「対象物」←→「心の原版」←→「紙」なんです。

9 2006年07月27日 12:17 PAPA

    補足2

    クロッキーの目的が
    そのクロッキー作品を、良く仕上げる事に留まるわけではなく、
    自分の画力を作る事にもう一つの主眼があると思うのです。
    これに関しては皆さん異存ないと思います。

    上記の「対象物」←→「心の原版」←→「紙」の行程の内
    「心の原版」←→「紙」の往復の時に、
    依り「絵が育っている」のじゃないかと思います。

    こう言う作業の時、たまにこの「心の原版」←→「紙」の間だけの往復時間が長くなって、
    対象物への目線が「瞬時の(原版の)確認」だけになっている事があると思います。
    この時に私達の「絵」が練られて居る様に思います。

...続く
 

#16「自由質問箱」より抜粋(1)

 投稿者:塾長(転載)  投稿日:2009年 3月27日(金)10時53分49秒
返信・引用 編集済
  6 2006年07月27日 03:09 Aさん

    質問
    「クロッキーなどを描くとき、描く被写体を 紙の上に
     イメージしながらペンを走らせるのだと思いますけど、
     その時、視線はどこに置きながら描いていますか?」


    初心者の自分が絵を描くときは、描く被写体を何とか
    紙の上にイメージして、いざ描こうとした時に、

    「ペン先に視線を置くと、イメージが崩れてしまい上手く描けない」
    「イメージを保ちつつ紙の真ん中に集中していると、線が変になる」

    となってしまい、全然上手く描けません。
    上手く描ける人の「視線」を見習って練習できれば
    上達が少し早くなると思うので、良かったら教えてください!

7 2006年07月27日 11:49 PAPA

    正しくは、対象でもなく紙でもなく、
    心の中の感光板とかホログラムに意識は置かれてあるべきだと思います。

    実は私のクロッキーやデッサン体験は一般の方と同様、
    中学までの義務教育の範疇止まりなので、
    依り細かくは、Tさんあたりに助言を仰がねばなりませんね。

    私は腕が結構大振りで、絵もデカクなり勝ちなので、
    何時も全身が収まらず何時もハミ出し勝ちです。
    それは、写真資料の必要な仕事での「形の飲み込み」のためのスケッチでの話なんですが、
    まあ、それはそれで、知りたいところのクローズアップが学べるので、
    自分では良しとしています。
    気にせずそのまんま描いてます。
    それを縮小したものを元に全身再度描いたりもしますよ。

    そう言う訳で、先ず紙の上には理性的な(直感的に対してこの言葉を使ってます)目で、
    大まかな位置取りをササッと薄く下描きしてから、
    一呼吸あって、
    自分の位置取りを心の原版にドッカリ据えてから始められるべきじゃないでしょうか?
    インプットも心の原版(ホログラム)へ、
    アウトプットも心の原板(ホログラム)から、
    何時も自分は真ん中で、目線も手先もそこから等距離です。

    間隔の事なので多分に抽象的な表現ですがご容赦下さい。
    そう言う「つもりで」と言う事です。

...続く
 

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