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春爛漫。
菜の花の黄色、満開の桜、桃畑の濃いピンクと、いま吉備路は、優雅な五重塔をバックに
色とりどり、花を愛でる人も多く、華やかに賑わっております。
私は、先日、気晴らしに、ひとりドライブ。今年も、自然の営みの中に、いま、自分も生かされて在り、美しい花々にであえた「よろこび」に、感謝いたしたことです。
中野様の、ページ、久しぶりに拝見いたしました。
私は、仕事は、廃業致しましたが、月末前後は、雑用に追われ、重症化して、大量の酸素と、マスク式人口呼吸器に頼っての入院生活を送っている、連れ合いの看病等などで、ゆっくりパソコンに向かえない、否々、パソコン操作が、何年経ても「初心者」で、覚束ないから、この投稿も、ヨチヨチ歩きなので「できなかった」と、言うのが本音でございます。
これからは、時々「マイガーデン」に、お邪魔させていただきます。
蛇足ですが、クララミチコというネームは、私が胸を病んでいた少女の頃、人の一生は、苦しみが連なり「苦しきことのみ多かりき」と、思い込みで、苦羅々道子と付けました。私は30歳までも生きられないと、囁かれていたそうです。ところが、七十余年も「生かされ」振り返ってみますと、全て大きな恵のなかで、守られ生かされて自分は「今日在るのだ」と、いうことに気付かされるのです。そして「生かされる」という事は、何らかの「役割があるのた゛」と受け止めるようになりました。
私には、まだ百四歳になる実母がおります。訪ねる度「長く生きすぎて、みんなに迷惑をかけて済まない」と、感謝の合掌をしますが、母には母の役割が未だまだあるからこそ、生かされているのだ」そして、「何れ、みんな辿る道」と、受け止め、日々、母からも、夫からも教えられています。
長いながいお喋りになってしまいました。
中野様はじめみなさま、ご自愛の上ご活躍下さいませ。
つて
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