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「菊是千秋第隠逸花」、、、。友人に誘われて、先月、半世紀ぶりに、井山宝福寺での月釜、定例茶会にまいりました時、茶席の床の間に、流麗な筆遣いで描かれた掛け軸が掛けられていました。住職のお話では、仏様への供花として「秋の菊の花ほど優れた花はない」と申されていました。菊の生命力と高貴な薫りは、仏への祈りにも似ています。
我が家にも、ど根性菊と評してもいいでしょうか、放置したままの、ピンクの小菊が、覆い被さった紫式部の下に顔を覗かせています。
菊に限らず、我が家の花々は、鉢植えのシンピジュムにしても、ここ数年、植え替え一つしないで放置し、夫が病に臥してより、私の手では、水遣りも「いい加減さ」で過ごしていました。にも拘わらず、枯れずに逞しく存在しています。
このままでは、亡夫に申し訳ないと思っていましたところ、この程ようやく友人に「もらっていただく」事になりました。その友人は、夫妻共に会社を定年後、郷里の玉島で、荒れた畑を開墾、桃をはじめ柿栗等々果樹栽培に打ち込み、広い畑の一角に、セカンドハウスまで建てて晴耕雨読の生活を楽しんでおられます。幸いご主人は、亡夫の元同僚、夫人は、かって私が所属していた文芸誌グループの仲間、、という事で、亡夫もよろこんでくれるのでは、ナンテ思っています。
この様なていたらくで、我が家で生き残っている花々は、気の毒にも、全て「ど根性花」と申せるのではないかと思っています。
花々も「生きもの」中野様宅で育てられる花々は、幸せものです。
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